「ビキニ事件の真相解明~核実験の地球環境汚染と生命への影響」について
野口 邦和 放射線防護学者
5月14日、非核の政府を求める会核問題調査専門委員会がオンラインで開かれ、放射線防護学者の野口邦和さんが、「今求められるビキニ事件の真相解明~核実験の地球環境汚染と生命への影響」と題して報告しました。野口さんの報告要旨を紹介します。(文責編集部)
◆核兵器被害の共通点
核実験など核兵器開発は核抑止力を維持するために行われています。核抑止力の維持は、核保有国にとって「死活的国益の究極的保護のため」に必要不可欠なものであると核保有国が考えているからです。これは「核抑止論神話」でしかないのですが、「神話」を信奉する政治指導者は核兵器開発を「最高度の軍事機密」のもとに置き、「聖域」かつ「最優先事項」とします。
こうした状況下で生ずる被害は、次のような特徴があります。①犠牲者・被害者の多くは先住民、少数民族、社会的弱者、核保有国に従属する地域の住民である。その根底には人種差別などの差別の思想がある。②被害の隠蔽・放置が常態化する。③人権侵害・人命軽視が横行する。④被害の程度・範囲が不明なままになる。⑤深刻な放射能汚染、有害化学物質汚染、環境破壊が生ずる。
◆マーシャル諸島での核実験
米国が1946~58年に太平洋上のマーシャル諸島で行った核実験を事例として紹介します。マーシャル諸島は第二次大戦後、最初は米国の占領下、その後は信託統治下にありました。信託統治は、国連の信託を受けた国家(信託統治国)が、非独立地域(信託統治領)の自治または独立に向けて、住民の政治的、経済的、社会的及び教育的進歩を促進するための統治制度です。
施政権は信託統治国にあるとはいえ、信託統治領で核実験などを好き勝手に行ってよいはずがないにもかかわらず、米国は破廉恥にもそれを行いました。しかも米国は、本土内のネバダ実験場では195回の大気圏実験の多くを空中爆発、マーシャルでは空中爆発4回、水中爆発3回、58回は放射能が長期にわたって残留する地表爆発(水面爆発を含む)でした。爆発威力が同じ場合、核分裂生成物の放射能量に違いはありません。しかし、空気と土壌・海水では密度が大きく異なるため、中性子線による誘導放射化物の放射能量は地表爆発や水中爆発の方が著しく増加します。
爆発威力もネバダでの大気圏内実験では最大74キロトン、マーシャルでは33回が100キロトン超、うち18回は1メガトン超(すべて水爆実験)でした。換言すれば、米国本土内のネバダでは決して行うことのできない大きな爆発威力の実験をマーシャルで行ったのです。マーシャルの住民に対する人権侵害・人命軽視が横行していたこと、その根底に人種差別などの差別の思想があったことは想像するに難くないでしょう。ビキニ環礁のブラボー実験サイトの東方150~180 キロメートルに位置するロンゲラップ環礁では、実験から72年経った今でも、毎時0.5マイクロシーベルトの線量率の島があります。線量率に寄与しているのは主にセシウム137(半減期30.08年)とアメリシウム241(同432.6年)のガンマ線ですが、ガンマ線を放出しないストロンチウム90(同28.79年)やプルトニウム239(同2万4110年)などの放射能汚染もいまだに残っています。ロンゲラップ島では島民を帰島させための空港建設、教会の修復、道路などの基礎的施設の整備、島中央部の除染が25年以上も前に行われましたが、いまだに島民は帰島せず無人島状態が続いています。ロンゲラップ環礁の中のロンゲラップ島の、島中央部しか除染が行われておらず、安心して永住できないのです。
◆雨期に核実験を行った理由
マーシャル諸島では5~10月に多くの実験が行われました。12~3月の冬季にはわずか2回の実験を行っているだけです。マーシャルは5~10月は雨期、12~3月は乾期です。
米原子力委員会(現在のエネルギー省)発行の報告書「キャッスル作戦からの世界的なフォールアウト」(NYO-4645)があります。アメリカが1954年にマーシャルで行ったキャッスル作戦(6回の水爆実験)における核実験フォールアウトの大気中での移動・拡散を調査したものです。1955年5月にまとめられた報告書は、1984年8月に230ページほどの抜粋版が機密解除されました。これを読むと、「島民の居住地域の核実験フォールアウトは太平洋上の実験を冬季に行うことにより減少する」と結論を述べています。雨期の5~10月に核実験を行うと、核実験フォールアウトが島民の居住地域に大量に降下するため、乾期である冬季の12~3月に実験を行うよう推奨しているわけです。しかし、アメリカは相変わらず雨期に実験を行い続けました。雨期に実験を行えば、マーシャル諸島などに大量の核実験フォールアウトが降下する一方、その分、北米大陸に降下する量が減るからです。アメリカによるマーシャル島民の人権侵害・人命軽視は甚だしいものがあります。
アメリカ本土内の実験場とはいえ、ネバダ実験場周辺地域にもともと居住していたのはアメリカ先住民でした。「犠牲者・被害者の多くは先住民、少数民族、社会的弱者、核保有国に従属する地域の住民」であり、支配民族の居住する地域で核実験が行われることはありません。核実験場は、旧ソ連ならカザフスタンのセミパラチンスク、英国なら旧従属国オーストラリア先住民の居住するマラリンガやエミュー、フランスならポリネシアのムルロア環礁とファンガタウファ環礁、中国なら少数民族ウイグル人の居住するウイグル自治区のロプノールです。核兵器開発は先住民、少数民族、核保有国に従属する地域住民の犠牲のうえに成り立っています。
◆重くのしかかる冷戦のツケ
1995年4月、米エネルギー省(DOE)は、冷戦時代に軍事用プルトニウムなどを製造し続けた国内の核兵器関連施設を除染するため、今後75年間で少なくとも2300億ドル(1ドル=140円換算で32.2兆円)が必要であるとの報告書を初めて発表しました。1989年11月、DOEは環境管理局を新設し、議会の指示により核兵器関連施設を対象に調査を進めてきました。その結果、国内の関連施設1万500ヵ所のうち主要81ヵ所(31州)に関する放射性廃棄物の長期保管、汚染土壌の除染、立入禁止措置のための不動産購入費などを集計したところ2300億ドルに、もし処理技術が進歩しない場合、約1.5倍の3600億ドル(同50.4兆円)に膨れ上がると推計しました。
費用の70%はハンフォード(ワシントン州)、サバンナリバー(サウスしたカロライナ州)、ロッキーフラッツ(コロラド州)の各核施設、オークリッジ(テネシー州)、アイダホ(アイダホ州)の各研究所に要するといいます。報告書は「冷戦のツケを清算するには、数十カ月の月日と核兵器開発に匹敵するほどの努力が不可欠である」と指摘しました。DOEはその後も何回か同様の報告書を発表していますが、大筋においてその内容や費用総額は変わりません。「国内の核兵器関連施設」ですから、マーシャルなどの除染費用は含まれていません。
核兵器開発を維持するため1945~47年にマンハッタン計画の一環として、余命10年未満の18人の末期疾患患者にプルトニウムを注射して人体内でのプルトニウムの挙動を調査した人体実験、1950年代に核戦争を想定してネバダ実験場で行われた米陸軍の軍事演習に参加した原爆兵士の被曝、1958年の国際科学プロジェクト「国際地球観測年」の海上保安庁の測量船「拓洋」と巡視船「さつま」が遭遇した核実験フォールアウトによる被曝事件についても報告しました。
野口さんは、核兵器開発により甚大な被害がもたらされていることは明らかだとし、国益の保護のためと称して先住民、少数民族、社会的弱者、核保有国に従属する地域の住民を犠牲にする核兵器開発は、到底認めることはできないと強調しました。
