戦後最大の軍拡予算の成立を受けて

                  小沢 隆一   東京慈恵会医科大学名誉教授

 当初予算で防衛関係費9兆円超えという戦後最大の軍拡を含む2026年度予算が4月7日、参議院で自由民主党、日本維新の会、日本保守党などの賛成多数で可決され成立した。私は、この「大軍拡予算」の問題点について、4月13日の「核問題調査専門委員会」で報告したが、その「余滴」を認めることにする。

 高市早苗内閣が突如として国会開会冒頭の衆議院解散という「禁じ手」を弄して実施された2月8日の総選挙で、自民党は単独で3分の2、連立与党の日本維新の会とあわせて4分の3を超える多数議席を獲得した。この「巨大与党」が力にまかせて無理を押した予算審議は、「少数与党」の参議院では思惑通りにはいかずに年度内成立には至らず、8・6兆円の暫定予算を組むことになった。「自業自得」である。
 そもそも、日本国憲法は、83条で「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」と定め、86条で国会の予算議決権を規定している。これらによれば、内閣が提出した予算審議は、財政権をもつ国会の重要な任務であり、だからこそ従来から「衆院で2月、参院で3月」という審議慣行が成立していた。高市内閣と与党は、「憲法習律」ともいうべきこの慣行を乱暴に踏みにじったのである。戦後の議会制民主主義の中での最大の「汚点」の一つとして銘記しなければならない。

 26年度予算の防衛関係費は、SACO(沖縄に関する特別行動委員会)関係経費と米軍再編関係経費のうち地元負担軽減分の経費を含めた総額で9兆353億円と、初めて当初予算で9兆円を超えた。
 その内容は、「防衛力の抜本的強化」と称して、①スタンドオフ防衛能力(各種ミサイルの研究開発・量産・取得など)、②統合防空ミサイル防衛能力(イージス艦の整備など)、③無人アセット防衛能力(多層的沿岸防衛体制の構築など)、④領域横断作戦能力(次期防衛通信衛星等の整備、サイバー防衛、戦闘艦・戦闘機の整備など)、⑤指揮統制、情報関連機能の強化、⑥機動展開能力・国民保護、⑦持続性・強靭性(弾薬の確保、装備品等の維持整備、施設の強靭化)が計上されている。
 それに加えて、防衛生産基盤の強化、研究開発(統合防空ミサイル防衛能力、次期戦闘機などを含む)などに巨額が投じられている。
 その一方で、人的基盤の抜本的強化も掲げられてはいるものの、自衛官の処遇改善や生活・勤務環境の改善などが「柱」とされており、人員の拡充は、装備の高度化、拡充に比較して「控え目」な印象を受ける。自衛隊の組織面では、「南西地域における防衛体制の強化」や「特殊作戦能力の強化」として「特殊作戦団」(仮称)の新編が盛り込まれているが、そのための人員の拡充は特段掲げられていない。これは、いったい何を意味するのであろうか。

 トランプは首脳会談後の記者会見で台湾問題に触れなかった。しかし会談で話し合われたもっとも重要なテーマは、台湾問題だった。トランプは台湾の(らい)(ちん)(とく)政権と約束した兵器売却を、今回の訪中にあたって延期した。しかし、取り消したわけではない。与党・民進党は台湾生まれの政党で、頼陳徳は「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」(2024年5月)と主張する。これに対して中国は民進党を台湾独立勢力と非難し、台湾海峡で軍事演習を繰り返している。
 中国革命で革命軍が台湾に進攻できなかったのは、台湾海峡で米第7艦隊に阻まれたからだが、今や中国が台湾問題を横において、トランプ政権との関係を重視している。
 台湾ではTSMC(台湾積体電路製造公司)が先端半導体の製造で世界の9割を独占し、トランプの要求で米国にも進出している。
 台湾はさまざまの国と民間外交で接触しており、最近もニュージーランドの外務省が同国の国会議員4人の台湾訪問を公表して、中国政府は同国議員の訪中を禁止した。
 50年の歴史をもつ中国とニュージーランドの外交関係の新しい事態だが、ここには習近平政権下の中国のイメージが反映している。中国政府は台湾の外交関係に神経をとがらせているが、いま中台統一を強行することを考えているわけではない。
 台湾政府は中国大陸沿岸の金門島や馬祖島をいまも統治しており、今ではそれらは台湾島民の観光地になっている。中国当局も容認して、福建省などから多くの観光客が訪れている。
 台湾海峡の危機は、米軍が1950年に台湾海峡に入り、中国革命のなかで中国軍の進軍を阻止した経過から、中国と米国のたたかいが長い間続いていた。
 1958年の台湾海峡危機では中国軍が金門、馬祖に激しく砲弾を撃ち込んだ。
 米中は1979年に国交を回復したが、米国はその直後に台湾関係法を制定し、台湾への兵器輸出を続けている。

 今回の「大軍拡」は、岸田文雄内閣時の23年から始まったが、当初「有識者懇談会」などから「まずは歳出削減により財源を捻出すべき」とか、「国債発行を前提とするな」などの注文が付けられた。この間、野党や国民からは「消費税減税」の声が強く叫ばれる中、大軍拡のための増税も「恐る恐る」の取り組みとなり、所得税、法人税、たばこ税の増税が、当初から「税制改正大綱」などでは「既定方針」とされたものの、「2024年以降の適切な時期」とされた法制化措置は、法人税(防衛特別法人税)、たばこ税については25年の税制改正で(26年から徴収)、所得税(防衛特別所得税)については26年の税制改正(26年3月31日成立)で、ようやくこぎつけた。
 「消費税減税」の世論の強さに比較すると、この「防衛増税」に対する反対世論が必ずしも大きく盛り上がらなかったことを残念に思うと同時に、今後の課題の重さを感じざるをえないが、それでも政府・与党の「恐る恐る」の姿勢は、国民による反対を「警戒」してのことだと考えると、今後の世論の盛り上がりに一縷の望みをつなぎたい。

 この間の「大軍拡」の中で、自衛隊の装備や施設の拡充予算は2倍、3倍と増えているが、それに比して自衛隊員の募集は「苦戦」して、結果として予算面でも同程度には増えていない。これは何を意味するであろうか。私は、「大軍拡」自体に反対の立場ではあるが、同時にこのような「アンバランスな状況」は、拡充された装備の扱いにおける「人的エラー」による事故の危険性を危惧する。それは、現在、柏崎刈羽原発に代表的に現れている、各地の原発での事故やその隠ぺいなどと似たようなことが自衛隊でも起きるのではないかという心配である。
 この間の原発の管理の失態には、熟練の技術者、労働者の不足や現場でのモラルの低下を感じざるをえない。自衛隊の場合も、荒唐無稽な「台湾有事」のシナリオに踊らされて、沖縄や南西諸島での態勢強化や、全国各地の基地でのミサイルなどの新規の高度な兵器の扱いをいわば強要されるなかで、「モラルの崩壊」が生じているのではないだろうか。それが、石破茂内閣時から「自衛官の処遇・勤務環境の改善」を掲げて定員の充足に取り組んでも「笛吹けど踊らず」の状態に陥っていることの根本に潜んでいるのではないのか。丁寧な検討が必要な事柄ではあるが、とりあえずの「仮説」として提示しておく。

 26年の国会で防衛増税もとりあえず「完成」し、戦後最大の軍拡予算が組まれて、アメリカに付き従って中国などと戦争することのできる組織へと、自衛隊が「変貌」しかねないきわめて危険な局面に差し掛かっている。憲法9条がめざす「非武装」の安全保障を軸にすれば、「思えば遠くに来たものだ」と歎ぜざるをえない。
 しかし、これは、きわめて不健全な状況である。その克服は、憲法9条がめざす武力によらず、そして軍事同盟にも頼らないことによって、そしてそれは現在の世界情勢の中では当然に核兵器を廃絶することによって、実現する「安全保障」のあり方を探求することでしか成し遂げられない。
 そして、それは、国民が、自分たちが払った税金にもとづく国家財政を、自分たちの代表である国会議員を通じてしっかりと管理、統制すること、させること、そのために、国会と内閣の活動をつねに監視し、予算運営に関心を持ち続けることでしか達せられない。
 よくよく考えれば、それは、日本国憲法が定めていることを実践すること、それを国会と政府に守らせるという、至極単純かつ当然のことである。私たちは、日本国憲法の実現に希望をつないで、大軍拡を阻止し、それを転換する政治を希求していこうではないか。治安維持法による弾圧に斃れた三木清は、その『人生論ノート』に、こう言葉を残している。「我々は生きている限り希望を持っているということは、生きることが形成することであるためである。希望は生命の形成力であり、我々の存在は希望によって完成に達する」。
 以上について詳しくは、最新刊の拙著『時代に挑む日本国憲法』(新日本出版社)を参照されたい。