核兵器をめぐる世界の動き

 新START条約の失効をめぐって   2026.2.15

 米国とロシアの二国間合意「新戦略兵器削減条約(新START)が2月5日に期限切れとなりました。世界の核兵器の約9割を保有する2つの核大国のあいだに残された最後の「軍備管理条約」の失効は、今後の行方にどのような影響をもたらすのか、さまざまな分析や議論がおこなわれています。
 人類滅亡までの残り時間を示す「終末時計」時計を管理運営する米誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」に掲載された論文と、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の事務局長コメントの抜粋を紹介します。

アレックス・コルビン
(ブレティン・オブ・ジ・アトミックサイエンティスツ 2026年1月30日掲載論文)

 何十年ものあいだ、核兵器は国際政治の最終的な裁断者とされてきた。核兵器は大国の戦争を抑止し、指導者に注意を促し、戦略家が戦略的安定とよぶところに落ち着くはずだった。今日、そうした枠組みは、目に見えて朽ちている。それなのに政策担当者や専門家の反応を見るとそのほとんどが妙に黙っている。
 端的にいえば、核兵器はもはや地球規模の安全保障において決定的な要因としての役割を果たしていないのである。
 4年近くの間、世界最大の核保有国になっているロシアは、他のいくつかの核武装国によって提供されたシステムを使っておこなわれたミサイル攻撃にさらされてきている。
 英国はいま、ウクライナを支援するための新型戦術ミサイルの開発や、ウクライナに直接、優位性のある兵器の配備について公然と語っている。ロシア自身は、ウクライナのインフラに懲罰を加えるために、あたかも通常兵器システムであるかのように、核攻撃可能な中距離弾道ミサイル「オレシュニク」を採用している。他方、ドナルド・トランプ米大統領は、2月5日に期限切れになる米国とロシアの間の最後に残った二国間軍備管理条約「新START」について軽くコメントして「失効するなら、失効すればいい」とのべた。ロシアの元大統領で現在ロシア安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフは、「相互不信を覆い隠し、よその国で軍拡競争を引き起こす条約よりもSTART-4がないほうがまし」とのべた。START-4とは、新START失効のあとにくるかもしれないものを指している。
 従来のロジックは単刀直入だった。核兵器は非常に破壊的で、それが存在するだけでも、保有する者への規律と責任が問われるものだった。その結果エスカレーションは厳格に管理されるのだった。超えてはならない一線は尊重され、軍備管理は条件付きの譲歩ではなく共通の生き残りのメカニズムとして扱われた。その論理が一夜にして消えることはなかったが、ゆっくりと決定的に力を失っている。わたしはこのような転換を直接に経験することができた。
 2010年、私はロシア政策研究センター(RIP)というモスクワの非営利団体として、新STARTの推進にたずさわっていたこの団体は、軍備管理と大量破壊兵器不拡散について、他の核兵器国から来ていた研究者と共同で調査研究をおこなっていた。当時、軍備管理は戦略的安定の支柱であると米ロで広く理解されていた。深い不信感があったなかでも、核の分野は日常的な地政学上の対立から離れていなければならないという共通の原則があった。
 今ではそういう時代は決定的に終わったように見える。
 歴史的に、核兵器は、広島、長崎へのおそろしい原爆投下から現れたショック・テクノロジーであった。核兵器は国際関係を立て直した、それは核兵器が大きな破壊的力をもっているからだけではなく、この新兵器をめぐって対峙する両方の側がリスクを図る方法を根本的に変えたからである。しかしながら、混乱をもたらす技術で支配力を永久に維持できるものはない。時を経て、敵対的関係にあるものは順応していき、政治的タブーは朽ちていき、重要なことは、ふたたびバランスを変えてしまうあたらしい道具が出現することである
 あらゆる入手可能な証拠を見れば、われわれがこのような過渡期に核兵器と生きているということがわかる。
 戦略的価値を高める核兵器の唯一の支配の後継として可能性があるのはAIであろう。それは新型の兵器システムを動かすのに使われるか、または核兵器システムの指揮、管制、通信など既存のインフラに組み込まれるうるものである。AI技術自体が主要な戦略兵器になるのか、あるいは、核兵器庫をますます現実の世界の結果と無関係なものにする代替物の急速な創造ができるようにするであろう。
 AI技術はすでに、意思決定の時間軸を短縮し、宣戦布告に至らないレベル(での継続的な競争を可能にしている。AIは諸国にたいし、サイバー作戦、情報操作、自律型システム、核使用の段階的拡大と同じような実在する恐怖のきっかけとならない精密照準爆撃能力を通じて強制的な圧力をかけることができる。しかし、AI-で動かす兵器システムは、戦場の様相を変え、潜在的には地政学上の現実を作り変えることができる。
 こうした環境の中で、核兵器はふしぎなほどキレが悪く見え始める。核兵器は破局的であるが使用に適さない。核兵器は恐怖を煽るが、かならずしも抑制をうながすものではない。核兵器はもはや敵対国が核武装した国家の領土、インフラあるいは代理人を直撃するのを阻止するものではない。そうではなく、核兵器は。手っ取り早く、安上がりに、政治的にも容易に使える手段(道具)でもって紛争が戦われているあいだに、後方に控えているのである。しかし核兵器は、危機がそのレベルまでエスカレートしても宙ぶらりんになっている。
 周辺では、核兵器の移動・配置転換も今日の米ロ関係における困惑させるような力学を説明するのを助けている。従来のソビエト、ロシアのいわゆる「戦略的安定性を担保・制御するための要素―すなわち核使用の段階的拡大(エスカレーション)は核の破局につながるとの、それとなしの警告―はワシントンでは、その影響力の多く失ったように見える。米国の政策担当者は、核のリスクは管理でき、限定的なやり取りに区分されうるかあるいは単に他の戦略目標を追求する代価として受け入れられるかのようにふるまっている。
 古典的な抑止の見方から、これは、かつては考えられないことであったかもしれない。
 現実の世界のリスクは、核兵器が世界政治から突然消えるということではないということである。それは消えない。しかし、安定化の手段としての実践的な役割を失いながらも、もっとシンボルとして続き、一層危険な世界をつくりだし、そのなかで国々は安全に抑止されるのでも、有意義に武装解除するわけでもない。
 同時に、AIが推進する核武装国家間の競争は、新しいかたちの不安定性を生み出すリスクをともなう。そこでは、核使用への段階的拡大は絶えず続き、あいまいさをともない、制御困難になる。比較的ゆっくり進むテクノロジーと検証可能な限界に頼った核軍備管理とちがって、AIで動かす兵器システムのリスク軽減は、急速に進展し透明性がない技術に対応しなければいけない。AIの規制に向けた一定の努力にもかかわらず、核のリスクを管理することを意図した慣習や制度はこの新しい現実にあいかわらず不適当なままである。
 核抑止は突如崩壊するものではない。静かに、不均等に、戦略的重心がどこかへ移っていくと、消えていくのである。安定性を維持するために、核抑止の衰退はもはや無視できない。さもなければ、次のショックが、テクノロジー的にも地政学的にも、不意にわれわれを捕らえる。

 国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のメリッサ・パーク事務局長のコメント(抜粋)

 ロシアと米国の核兵器は、新STARTの制限のもとで、すでに容認しがたい脅威を人類に与えているのであるが、この条約がなければ核軍拡競争が激化しているため、核兵器使用のリスクは高まりやすい。地球規模で核兵器を増大させることはどこの国の利益にもならない。すべての核武装国は既存の核軍縮に関する国際協定を守り、実行すべきである。
 新STARTは期限切れになったかもしれないが、ロシア、米国その他の核兵器国の、核軍縮と軍拡競争を終わらせる交渉を行う法的義務がなくなったわけではない。この義務は1968年に採択され1995年に無期限に延長された核不拡散条約(NPT)から始まった。次回のNPT再検討会議は4~5月にニューヨークで開催される。そこで核兵器国はこの5年間のNPTの実施の進捗について、また今後(その次の再検討会議までの)5年間でこのコミットメントをどのようにして進めるつもりであるかを説明しなければならないのである。諸国間の緊張が高まっているなか、軍縮措置はますます重要になっている。現在の重大な国際の安全保障環境を無作為の口実とすることなく、軍縮についての緊急の行動を起こさなければならないのである。
 核兵器禁止条約(TPNW)はこうした不確実な時代において重要な役割を果たす。それは核兵器の使用から核実験、核兵器開発にいたるまで核兵器の活動を明確に禁止する、唯一地球規模で適用可能な条約である。同条約は、あらたな軍拡競争が道義的に容認できるものではないばかりか、世界中で国際法によって違法であるという強いメッセージを発している。今、世界の多くの国がTPNWの締約国または調印国になっている。この条約に参加するすべての国は歴史の間違った側にある核兵器国に強力なメッセージを送っている。TPNWに参加することはいまのような危険な時代においてすべての国がとれる重要な行動である。