能登半島地震と住み続ける権利
井上 英夫 金沢大学名誉教授
もう一つの過疎化
私たちは、1990年頃から能登半島、特に今度の地震で被害の大きかった珠洲に行って、そこで「もう一つの過疎化」ということを発見しました。第一次過疎化では、高度経済成長下、若年労働者が出て行って高齢者が残されます。さらにその高齢者や障害のある人、病気の人などが、特に医療や福祉の制度、政策が不十分なゆえに住み続けられなくなるという「もう一つの過疎化」が進んで、限界集落とか地域崩壊とか言われる状況も出てきていました。
みなさんご存知のとおり、能登は、自然も、人の営みも、特に食べ物は美味しい、つくづく豊かな土地だと思います。そして1月1日その能登を地震が襲いました。豊かな自然と文化、そして生活、これを土台にして、今度の震災でも復旧・復興を進めていく必要があります。それは基本的には、過疎化という状態をどう脱却していくかということでもあるわけです。それが重要な課題になります。
「公助」ではなく人権保障を
能登の復旧・復興は大幅に遅れていて、東日本大震災に比べても遅れています。こういう中で、岸田首相は、被災者に「寄り添う」と言っています。
日本の政策の基本は「自助・共助・公助」とされていますが、これは、明治7(1874)年の恤救規則、1929年の救護法等戦前の立法の基本的な考え方です。自分のことは自分で、家族がやれ、地域でやれ、自治体がやれと。国は最後に出て行くけれど助けるだけで権利として国民に保障するものではないという姿勢です。
基本的人権を保障した新憲法下でも、これが一貫していて、さらに2012年の社保制度改革推進法で、社会保障の基本とされ、菅政権ではすべての政策に広げられました。
災害の際にもこれが常に繰り返され、そして被災した人たち、地域の人たちに頑張りを強要しているということです。
日本でも進歩的と言われる人たちや研究者、政党の人々が、「公助が足りない」という表現をします。そうではなくて、人権を「保障」するという視点が大事です。保障の意味は、国民の権利であり、国や自治体に保障の義務と責任があるということです。この「公助」という考え方を徹底的に批判しなければならない。これはイデオロギー批判でもあるわけです。
住み続ける権利
私と一緒に非核石川の会で共同代表をしている五十嵐正博さんが、一番被害の大きかった珠洲市の友人の「宿」で地震の恐怖を経験しました。五十嵐さんは、「たった二晩の避難所生活をさせられただけでも、私たちは、どう生きるべきか」「普通に生きられることの大切さ、ありがたさ」を考えたと言います。
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は生活保護だけではなく、日々人権がしっかり保障されることによって得られる毎日が大事だと。それから経済成長だけを求め「無駄」を排除する新自由主義に対し、「今、必要ないこと、無駄と思われることの大事さ」を指摘しています。
そして、人殺しのための軍事費は「みんなが普通に生きられる社会」づくりに転用していくべきだと言っていて、私もそのとおりだと思います。これはつまり「住み続ける権利」の基本です。
被災した能登の人々の能登に帰りたい、住み続けたいという願い、希望は強烈です。その願いをかなえるのが人権としての「住み続ける権利」です。
住み続ける権利とは、すべての人が、どこに、誰とどのように住むか、その自己決定を人権として保障するということです。人間の尊厳・自己決定を憲法13条が、そして、いわゆる自由権の一つとしての居住移転の自由、憲法22条が基礎にある。さらには、社会権と言われる生存権。私は、憲法25条の文言に忠実に、生活権、健康権、文化権と言っています。それから居住の権利、働く権利、教育権等が日本の憲法で保障されています。私は、社会権・自由権という二分論は間違いだと思いますが、それはともかく、それらの人権がしっかり保障されることによって住み続けることができるという総合的かつ現代的な人権だということです。
25条、9条一体での平和的生存権
そして、その住み続ける権利の「基底的権利」は平和的生存権です。この平和的生存権はご存知のように、「恐怖と欠乏」から自由に、すなわち平和の裡に生きる権利として憲法前文でうたわれています。ロシアのウクライナ侵略やガザの問題、そして災害の問題などを考えるときに、前文は繰り返し読まれる必要があると思います。非常に格調高く、人類の普遍的原理、そして日本国憲法の国民主権、平和主義、基本的人権の保障、平和的生存権をうたっています。
平和的生存権は、恐怖と欠乏から免れて自由に生きる権利です。恐怖は戦争であり、テロであり暴力です。欠乏は貧困であり飢餓であるわけです。恐怖からの自由ということでは、9条が具体的に戦争そして軍備を否定している。
欠乏からの自由は、25条で、生活権、健康権、文化権を社会保障、社会福祉、公衆衛生制度等広い意味の社会保障制度で保障するという構造になっています。 欠乏や飢餓ということから戦争は起こり、戦争になれば欠乏、飢餓、人権否定・侵害、生命権すら奪われるような状態になるわけです。だから、25条と9条はまさに一体になり平和的生存権を保障しているということです。しかし、日本では、25条の運動と9条の運動は必ずしも一体になってはいないし、別問題のように捉えられていると思います。非核の政府を求める会でもぜひ考えていただきたいと思います。
そして何より大事なのが自分のことは自分で決めるという、憲法13条が認める人間の尊厳すなわち自己決定です。そしてそれを保障する参加です。石川県の復興計画が5月24日に出されていますが、この復興計画は、非常に遅れている復旧をしっかりするものではありません。未来志向と称してはいますが、強調されているのはデジタル技術や観光産業にとどまります。第一次産業の復興こそ大事ですが具体策に乏しい。やはり被災した人々や住民の政策決定過程への参加が決定的に欠けているからだと思います。
緊急にすべきこと
緊急にすべきことは、住み続ける権利、人権教育をはじめることです。そして原発をやめることです。石川県はご存知のように志賀町に原発が2基あります。かつて、今回最も被害の大きかった珠洲市に関西・中部電力が4基つくる計画がありました。しかし、住民の抵抗によって造らせなかったのです。
今、被災した方たちは、原発が建たなくて本当によかったと言っていますが、「この国を救った歴史的なたたかい」でした。志賀原発は、今は停止中ですが、その情報はほとんど出てきません。運転再開をひそかにめざしているということですが、改めて原発をやめることがどうしても必要だと思います。
私が強調したいのは、人々を堕落させるのが原発の最大の問題だということです。珠洲の原発立地予定地とされた高屋の人たちが、「先生、スナックに行ってカラオケで歌ってきたらいいですよ。帰りにはKとサインすると、ただで飲めますよ」と言うのです。Kは関西電力です。福島原発でも人々を堕落させて来たと思います。札束で頬を叩いて言うことを聞かせる。今も行われていて、反省がありません。基地問題も同じ構図ですね。 自衛隊を「サンダーバード」、すなわち国際救助隊にしようという具体的提案をしています。かつて、言われたこともありましたが、自衛隊は、ヘリコプターも飛行機も重機も持っています。戦車だったらどこにでも行けるでしょう。だから、自衛隊を変えればいいと思います。そのことこそが憲法前文で言う国際的に名誉ある地位を占めることに繋がると思うのです。現実を見ない理想主義で無理な話だと言われるかもしれませんが、平和的生存権保障への近道なのではないでしょうか。
選挙に行って変える
最後に、話を聞くことと選挙に行って変えるということです。実は一昨日、障害をもつ人の参政権保障連絡会が東京でありました。現在の公職選挙法のもとでいろいろな障害・壁があって投票すらできない人がいます。日本の無責任な政府、国を変えていくためには、やはり投票が第一歩です。重い障害をもつ人も命をかけて、必死になって投票しています。参政権保障のために裁判を提起し、たたかっています。「投票したくないひとより、したい人への保障を」。これが私たちのスローガンです。
みなさんにはいろいろな心配もいただいてご支援もいただいていますが、被災地を訪れて人々の声を聞いてください。被災者のみなさんが恐れているのは忘れられることなので、ぜひ忘れないで見守っていただきたいということです。
