【声明】日本被団協のノーベル平和賞受賞を心より祝福し、
被爆者とともに核兵器の廃絶に力を尽くすことをあらためて誓う
24.12.11 非核の政府を求める会常任世話人会
2024年12月10日、世界中が注目するなかで日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に対するノーベル平和賞授賞式がノルウェーのオスロで行われました。授賞式では、自らの言語に絶する痛切な被爆体験を語り、核兵器の廃絶と被爆者救済を求めてきた日本被団協と広島・長崎の被爆者の長年の労苦に対し、惜しみない賛辞が贈られました。
非核の政府を求める会は、核戦争防止と核兵器廃絶、国家補償による被爆者援護法制定のために「非核の政府」実現をめざしてきたものとして、日本被団協と被爆者の多年の努力に敬意を表するとともに、ノーベル平和賞受賞を心から歓迎し祝福するものです。
授賞式では、13歳のとき長崎で被爆した田中煕巳・日本被団協代表委員が講演しました。田中さんは、自分の身内5人が原爆で無残な姿で命を奪われたこと、長崎の街は3キロにわたり黒く焼き尽くされた廃墟が広がり、道々には黒焦げの遺体や大やけどを負った多くの人々が放置されていたなどの惨状を証言し、「目にした人々の死に様は人間の死とはとても言えない有様」だったと語りました。生き残った被爆者たちは、孤独、病気と生活苦、偏見と差別に耐え続けざるをえなかったと述べ、「核兵器は一発たりとも持ってはいけないというのが原爆被害者の心からの願い」だと語気を強めました。
田中さんが講演の最後に、「自分たちが体験した悲惨な苦しみを二度と世界中の誰にも味わわせてはなりません。…核兵器禁止条約のさらなる普遍化と核兵器廃絶の国際条約の締結をめざし、核兵器の非人道性を感性で受けとめることができるような原爆体験の証言の場を各国で切り拓いてください」と訴えると、会場は満場の拍手に包まれました。
いま、広島・長崎の被爆の実相を内外に広げることは、核兵器禁止条約への参加促進にとって、また、核保有国や核依存国の国民世論の前進のためにも、「核抑止力」論を打破するうえでも、その決定的な力となるものです。今回の日本被団協の受賞は、その新たな転換点として期待を集めるとともに、現下の、核大国ロシアによる核使用発言等に示される「核のタブー」の危機に対する強い警鐘です。
このとき日本政府は、唯一の戦争被爆国でありながら、核兵器使用を前提とするアメリカの「核抑止力」政策に加担する立場をとり、核兵器禁止条約に加わるどころか、同条約締約国会議へのオブザーバー参加さえ頑なに拒み続けています。10月に首相に就任した石破茂氏は、9条改憲、アジア版NATO(北大西洋条約機構=核軍事同盟)の創設、アメリカとの「核共有」や核持ち込みの検討まで公言しています。この立場は、世界の平和の流れに逆行し、被爆者・国民に対するあからさまな背信であり、断じて看過できません。
わが会は、日本被団協のノーベル平和賞受賞を受けて、いまこそ被爆者とともに、被爆の実相、核兵器使用の非人道的結末をさらに発信し、日本政府の一日も早い核兵器禁止条約への参加と「非核の政府」実現のために力を尽くす決意を表明するものです。
以 上
