被爆の継承へ、若者の背中を押す
「へいわのつくりかた展」が示したもの   2025.9.19

中村涼香さん(ボーダレスファウンデーション理事・会常任世話人)に聞く

 8月9日から3日間、東京・日比谷で開かれた「へいわのつくりかた展」を企画・運営したボーダレスファウンデーション理事で会常任世話人の中村涼香さん。この企画展を参観した東京慈恵会医科大学名誉教授で会常任世話人の小沢隆一さんが、企画に込めた中村さんの思いや抱負などをインタビューしました。

 小沢 隆一 最初に、「へいわのつくりかた展」をどういう思いで企画されたのかお聞かせください。
 中村 涼香 私が最初にやった企画展は、東京大学キャンパスでの「あたらしいげんばく展」でした。そのときに100人ぐらいにヒアリングをしたのですが、「どういった時に原爆の問題について考えるか」の回答は「広島と長崎に行ったとき」がほとんどでした。印象に残っている場所は広島と長崎で、そこに行く機会がなかった人は「あまりない」と言うのです。それで、みんなが広島、長崎に行くよりも、移動型の原爆資料館みたいなコンセプトで「新しい原爆展」に取り組みました。1000人くらいの方が来てくれましたが、広島・長崎以外の人たちは関心がないのではなくて、第三者に何かしらの形で関心があると表明する場所がなかったんだと思い、企画展という形にすごい可能性を感じたんです。
 「あたらしいげんばく展」では現在の核の脅威にフォーカスをあてたのですが、今回はその課題にすでに関心を持っていて、だけど何をしたらいいかわからない人たちに焦点をあてて企画を組みました。
 展示の中で、その人に適したアクションを診断したり、何かやってみようと思えるそれぞれの「へいわのつくりかた」を見つけて欲しいというところから「へいわのつくりかた展」という名前にしました。
 小沢 私も企画展を観て、伝え方をものすごく工夫されていると感じました。
 中村 伝え方は、まだまだ模索している最中です。私たちは、企画をやりながら毎回学んで、それを次のアウトプットに生かすことを繰り返しているところです。
 原爆資料館では、すごい悲惨なものを目のあたりにして、自分の中でどう解釈し、どう言語化していいのかわからないまま終わっていく印象があって、そこにアートとかクリエイティブな発想を取り入れ、言語化する手伝いだったり、自分にも何かできるみたいな、気持ちが少しでも上向くものにできないかと模索してみました。
 小沢 暗い気持ちでその展示館を出るのではなくて、もう少しポジティブなものを自分の中につくれるというのはすごく大事だと思います。私も、56年前に広島の原爆資料館を10歳の時に見てショックで眠れない夜も経験しました。
 中村 私もそういったものをたくさん受けてきたと思っています。原爆資料館を見つつ、それ以外の場所で活動している人を見たり、被爆体験の話をしていない被爆者の方々と話をする中で、自分の方向性を整理する時間があった気がするんです。そういう営みは、同じ課題について話している人が多い広島、長崎でないとなかなかできないと思います。活動をしていないことに罪悪感を植え付けたいわけでもなく、まったく違う意見や考えを批判したいわけでもなく、この問題について一緒に話をして、忘れないでいましょうという担い手になれるのではないかと思っています。
 

 中村 「へいわのつくりかた展」では、2000人に対して平和に関するアンケートに取り組みました。マスコミの世論調査は、「原爆の日を知っていますか。 はい、いいえ」「核兵器に賛成ですか。はい、いいえ」の2択で聞かれるものが多いのですが、2択では捉えられない平和感があると思います。原爆の日を知らないから平和への関心が薄いという話ではなく、知らないけど平和は大事だと思っている人はたくさんいると思います。そこを可視化したいと思ってアンケートをやりました。
 「平和であってほしいと思いますか」の問いかけには94%の人が「はい」と答えています。核兵器に賛成の人も反対の人も、その前段ではみんな平和がいいと思っていて、平和を実現するための過程で核兵器はあった方がいいか、ない方がいいと思うその差異だと思っています。この立場や意見の違いがあまりにも社会に投影されすぎて、意見が違うと相手が敵のように見えてしまう雰囲気があると思うのです。だけど実はみんなが平和を願っているところを前提とすると、その後の議論の仕方も変わってくると思います。
 小沢 中村さんたちはとても丁寧な聞き方をしていて、マスコミが拾い切れていない人々の気持ちや意識をすくい上げたアンケートになっていたと思います。
 あともう一つ、今年は戦争終結、被爆80年。被爆者の人たちが亡くなる中で、平和をどう繋いでいくかが課題ですが、中村さんたちの継承の仕方は、被爆地で生まれても、住んでもいない人たちがどうこの問題を自分事として捉えられるようになるか、そういう工夫があっていい企画だなと思いました。
 原爆展で写真を見て、ものすごくインパクトがあるけれど、「でも自分は何もしていない」というネガティブな気持ちを残すのではなくて、自分には何ができるかを一緒に考えましょうと導いてくれる企画は、本当に素晴らしいキュレート(編集)だと思いました。
 中村 被爆体験を継承する担い手としての若者とよく言われる中で、継承していくのは私たちなんだと思うようになりました。でも、ふと足元を見たときに、継承って何なんだろう、何か記録することなのか、忘れないでいることなのかと考えたときに、被爆者の方々が私たちに被爆体験を伝えるのは、究極的には同じ過ちをしないためだと解釈するようになりました。被爆体験の継承は語り部活動に固定化されるところがあるのですが、同じ過ちを繰り返さない教訓を自分たちが生かしいくことだと思うと、この手法はもっと幅広くていいなと思います。過去の体験を知る。その過去の体験が自分の身にも起きうることだと気づく。それに対して自分がどうするか。ここまでセットで考えられて初めて継承された状態ではないかと思います。広島、長崎という場所であったり、当事者の話を聞くことにリスペクトしたうえで、もっと広げてもいいなと思っています。

中村 アンケートの中では、平和のために何かアクションを起こすことに8割弱の人がハードルを感じていると言っています。その理由は、専門家でもない自分が話していいのか、動くべきは政府とか国際機関であって個人ではないとかいろいろあります。
 一人ひとりにできることがないと思うことはすごくわかるんです。私も高校時代から10年弱平和活動をやってくる中で、核軍縮や平和な世界に自分が貢献できたという達成感を感じたことは1回もなくて、課題に向き合っていくことの難しさを感じています。
 その中で私は、全然違うところにやりがいや楽しさなどの感情を持っていて、企画展をつくろうと思ったのも、元々クリエイティブアートに触れるのが好きで、自分の好きな領域と課題を組み合わせたところがあります。デザイナーとかプランナーと話をしながら、私が大事に思っているテーマを中心に議論ができることが楽しくて、課題解決への貢献に軸足を置いていないがゆえに継続できたところもあると思っています。やりがいを感じないからやめてしまうより、多少やりがいを違うところに置いたとしても継続していくことが、当事者ではない人たちがメインで動く世代になっていくもとでは大事な鍵なのかなと思います。
 小沢 当事者でない人たちがそれを受け止め、そこから何かを掴み取り、自分なりの表現をしていく。末広がりにいろんなところにその考えが広がっていくという意味で、芸術、アートの役割は非常に大きいと思います。僕も10歳で原爆展をみて、それから中学2年で美術の夏休みの宿題でマーブリングに挑んだんですよ。不出来なものでしたが。
 中村 抽象的なアートを見ることで言語化できることがあります。いろいろなものを受け取ったときに、自分の中でその思いを昇華するためにアートを鑑賞することも結構あると思っています。クリエイティブ・グラフィックデザイン自体がメッセージを発信する出版物としていろんな人に渡していける力もあると思っていて、去年、渋谷のスクランブル交差点にAR(Augmented Reality(拡張現実))の「きのこ雲」を浮かび上がらせる作品をつくったんです。作品そのもののクオリティはまだまだですが、何か一つ若い人たちが集まる象徴的な街にこの話題を投影することで多少なりインパクトがあったかなと思います。表参道のGYREというギャラリーに展示させていただきました。このギャラリーはシャネルなどのハイブランドがたくさんある場所で、そこに突如として「きのこ雲」が現れるすごい異質な空間だったんです。アートを一つつくったことによって、そういった場所にトピックを届けられたのは嬉しかったです。
 小沢 表参道でやったのはすごいと思うんです。パリならシャンゼリゼ通りで原爆展をやったようなものです。シャンゼリゼの端は「凱旋門」ですから、あの通りはどちらかいうと好戦的な雰囲気の場所です。セーヌの対岸には、ナポレオンのお墓、アンバリッドがありますし。そういうパリのシャンゼリゼで「きのこ雲」なんておそらくあり得ない。やはり日本だから受け入れられるのですが、表参道でやったのはすごい。
 中村 そう言っていただくと嬉しい。
 小沢 非核の会は、自分たちの役割だとして政府交渉などをしていますが、中村さんたち若い人のなかでの被爆や戦争体験を継承していく活動というのは、非核の会の活動の幅を広げるという意味でもすごく励まされるし、私たちにどんどん情報を提供してもらうとありがたいと思います。
 中村 核のない世界を考えたときに、政治的な判断が必ず必要になってくると思います。核軍縮にとても積極的な政権が現れ、政治の機会の窓が開いたときに備えておける民意、幅広く声をかけられる人の存在が必要だと思っています。署名だと協力してくれない人も、企画展だとふらっと入ってきて協力してくれることがありうると思っています。
 大学卒業、就職を機に離れざるを得なかった若い人たちが、企画展の事業などで働くことを通して、大学卒業後もずっと平和活動を続けることができます。平和活動に取り組む中間世代がすごく少ない要因には、経済的な理由と活動できる拠点がないところが大きいと思います。私が今やっていることがどんどん大きくなっていく中で、採用という形でも、そこに取り組んでいける若い人たちの母数を増やしていく。政治の機会の窓が開いたときに備えるではないですが、何かあったときにすぐに動けるような体制をつくることに貢献できればと思っています。
 小沢 企画展を見終わった後にふと思ったのが、「忘れてはいけない」ということが大事だと。核兵器や戦争の問題をいつも考え続けるのはしんどい。人間は仕事や勉強や家庭のことも考えながら生きているわけだから。でもある時、ふとそういう場面に出くわしたときに「これは決して忘れてはいけないことだ」と思えるかどうか。「へいわのつくりかた」展は、それを私たちに示してくれたと思います。
 中村 人々の日常生活に少しずつ挟んでいけるようなものを、これからもつくっていければと思います。