「イランの原子力(核)開発」をめぐって論議 野口 邦和 元日本大学准教授(放射線防護学)
非核の政府を求める会核問題調査専門委員会が、9月18日にオンラインで開かれ、元日本大学准教授(放射線防護学)で常任世話人の野口邦和さんが「イランの原子力(核)開発」と題して報告しました。野口さんの報告要旨を紹介します。(文責編集部)
◆イランの原子力開発史
野口さんは、イラン・イスラム共和国の政治体制や経済、軍事などを紹介した後、イランの原子力開発史について次のように報告しました。
イランは、1958年にIAEAに加盟、67年に米国から研究用小型原子炉(5メガワット、93%濃縮ウラン燃料)を購入しました。また、実験室規模のプルトニウム分離回収装置の運転をテヘランで始めましたが、米国との関係が悪くなり、93年に5メガワット研究用小型原子炉は低濃縮ウラン燃料に変更されました。豊富な石油や天然ガス資源を輸出用として確保するため、74年にイラン原子力庁を設立し、原子力研究を本格化しました。研究施設の整備、原子力研究開発に欠かせない人材養成にも力を入れ、米・仏・西独に原子力開発協力支援を要請しましたが、イラン革命(79年)やイラン・イラク戦争(80ー88年)により計画は中断されました。
イラン初のブシェール原子力発電所は、西独シーメンスの設計により74年に建設を開始しましたが、イラン革命などで困難となり、最終的にロシアの国営原子力企業ロスアトムの援助により2011年9月に営業運転を開始しました。
イランは02年8月以降、核兵器開発疑惑から、欧米諸国の経済制裁を受けましたが、13年8月に発足したロウハーニー政権が国連安保理常任理事国5ヵ国にドイツを加えた6ヵ国と協議を重ね、15年7月、核問題解決のための履行義務を記した「包括的共同行動計画(JCPOA)」(イラン核合意)で最終合意しました。16年1月16日にIAEAは、イランが核開発の制限を履行したことを確認する報告書を発表しました。しかし、18年に米トランプ政権が一方的に核合意からの離脱を表明し、他の署名国(英、仏、露、中、独)は合意残留を表明したものの、イランが19年に履行の一部停止を発表したことも相まって、本合意の有効性は限定的なものとなりました。
核兵器開発は再処理施設とウラン濃縮施設がなければできないため、この両施設が重要です。その理由は、ウラン濃縮施設は濃縮ウラン、再処理施設ではプルトニウムを生産するからです。もちろん濃縮施設でウランを濃縮するためには、その前に二酸化ウランを六フッ化ウランに転換する転換施設が必要だし、濃縮後は金属ウランに転換する再転換施設も必要です。その意味では、濃縮ウラン施設と再処理施設の監視が非常に重要であると指摘しました。
◆再処理を秘密裏に行っているのか
再処理を秘密裏に行っているか否かについては、要するにプルトニウム生産に適した原子炉を持っているかどうかが一つの判断基準です。軽水をふんだんに使った軽水炉だと濃縮ウランがなければ核分裂連鎖反応を維持できないが、重水や炭素を減速材として利用する重水炉や黒鉛炉だと天然ウランでも核分裂連鎖反応が維持できます。それゆえに重水炉や黒鉛炉を持っているかどうかが一つの判断基準になると述べました。
IAEAは20年3月3日の報告書の中で、テヘラン原子力センターあるいはIAEAに申告されているその他のいかなる施設でも再処理に関連する活動が行われてきていないと報告しています。イランのアラクにはIR40という重水炉があるが一度も運転されていません。イランが米国から93%濃縮ウラン燃料を使った小型研究用原子炉を購入したとき、実験室規模のプルトニウム分離回収装置の運転をやっていたことはわかっていますが、イランにはそもそも実用規模の再処理施設がありません。それゆえ前述したように、イランは再処理に関する活動を行っていないというのが、IAEAの見解です。
◆イランの核燃料サイクル
イランの核燃料サイクルについて、イランは世界のウラン産出国ではないが中東では豊富にウランを産出する国で、ウランの採鉱が露天掘りでできます。だから政情不安定な中東において、自国のウランを利用して原子力を自主開発するという考え方は当然なのかもしれません。
ナタンズにはパイロットプラントと地下に商用濃縮施設があり、イスファハンには転換施設があります。フォルドゥには、地下深いところにウラン濃縮施設があり、JCPOA合意以降15年間はウラン濃縮活動を行わないで核物理等の研究施設に転換することになっていました。しかし、米国が核合意から離脱したため、フォルドゥの地下施設でウラン濃縮活動を始めました。その他にアラクの重水製造施設とイスファハンの燃料製造施設があります。
イランの原子力行政にかかわっては、1947年のイラン原子力庁設置法により設立されたイラン原子力庁が、原子力規制や原子力の運用の責任を担っています。原子力安全規制活動は、原子力庁の下部組織であるイラン原子力規制局が担当し、IAEAとの協定に従って独自に規制活動を行っています。
IAEAの事務局長報告によれば、今年5月27日時点で60%濃縮ウラン408・6㎏あるとIAEAは評価しています。原子力平和利用の権利は「奪い得ない権利」としてNPT(核不拡散条約)で認められているとはいえ、発電炉や研究炉の数に比べると、ウラン濃縮活動が不釣り合いなほどに突出していると指摘しています。
6月に行われたイランの核施設への爆撃にかかわって米国は、フォルドゥの地下90㍍のところにあるいうウラン濃縮施設をステルス爆撃機B2がバンカーバスターGBU-57で爆撃しました。ナタンズとイスファハンの核施設はインド洋にいた米潜水艦からトマホークで爆撃しました。イスラエルはイラン国内100ヵ所以上を爆撃したとされますが、イランに対する爆撃はすべて国連憲章と国際法違反です。
野口さんは報告の最後に7点にわたって次のように述べました。
◆まとめ
①イランがかつてIAEAに未申告のままウラン濃縮施設や重水製造施設を建設した事実はあるとしても、核兵器の研究・開発を行っている確実な証拠はない。
②イランは自国の原子力(核)活動を平和的利用であると主張するが、商業用発電炉は稼働中1基、建設中1基、計画中2基、研究炉が5基の割にはウラン濃縮活動が著しく活発である。これが各国に核兵器開発であると疑惑を持たれる主な理由である。
③核兵器開発であるとの疑惑を持たれないため、イランは平和利用のための濃縮ウラン(核燃料)を他国から輸入すればよいという意見がある。もっともな意見のようだが、一方で政情不安定な中東にあって国内にウラン資源が豊富にあるイランが、国内のウラン資源の利用を選択することは当然であるとも思われる。
④イランは原子力平和利用の実態を曖昧にすることで外交交渉を有利に展開する(外交交渉レバレッジ)ことを狙っているように見える。
⑤イランが自国の原子力平和利用を外交のレバレッジとして行動する限り、今後もイランの原子力平和利用をめぐる疑惑は晴れることはなく、国際的な摩擦は起こる。
⑥今日のイランの原子力(核)活動をめぐる混迷は、イランとP5+1(米・露・英・仏・中+独)との外交交渉によりJCPOAとして時間をかけてまとめあげられたものを、2018年に米トランプ政権が一方的に離脱し、イランに対し独自の制裁を課したことに由来する。これに反発して、イランもJCPOAに違反する原子力(核)活動を始めた。
⑦25年6月、米トランプ政権(第2期)はイランのナタンズのウラン濃縮施設、イスファハンのウラン転換施設、フォルドゥのウラン濃縮施設を空爆した。イスラエルは同月、イラン国内の100ヵ所を超える原子力(核)関連施設等を空爆した。並行して原子力(核)開発に関与する科学者13人、革命防衛隊と国軍の上級司令官31人が殺害された。このような無法なことが許されるはずはない。これらは国際法の基本原則と国連憲章の「重大かつ前例のない違反」である。この点で、米国とイスラエルに対する批判が非常に弱いと感ずる。
