経済秘密保護法案―セキュリティ・クリアランス制度の問題点

 井原 聰 東北大学名誉教授 

政府丸投げの法案

 法律の正式名称は、「重要経済安全情報の保護及び活用に関する法律案」です。法律は、重要経済安保情報という非常にわかりにくい概念の設定、行政機関間で情報を共有する問題、事業者への提供の問題、取り扱い者の制限、適正評価、そして罰則という形でできあがっています。
 衆議院は短時間の法案審議で通ったのですが、肝心のところの政府答弁は「有識者に意見を聞いたうえで運用基準を策定し、閣議決定をする」というものでした。政省令で決める運用基準は1から12項目ですが、非常に重要な事柄が全部有識者に聞いて決めるという政府丸投げ法案となっています。

 一番話題になったのは適正評価で、機密情報を扱う者の適格性について、適格か否かを調査し、適格ならアクセス権を与える。ただし、漏洩した場合は罰則があるというものです。
 政府は、この運用は特定秘密保護法に倣うと言っています。特定秘密保護法の運用基準では、情報を漏らすような活動にかかわることがないか、情報を漏らすように働きかけを受けた場合に、これに応じる恐れが高い状態にないか、情報を適正に管理することができるか、規範を遵守して行動することができるか、自己を律して行動することができるか、職務の遂行に必要な注意力を有しているか、職務に対し誠実に取り組むことができるかと、まさに、内心の自由の侵害そのものです。
 法案第12条の適正評価の内容は、①「外国の利益を図る目的」や政治上その他の主義主張」にもとづいて重要経済基盤を棄損する活動との関係②犯罪・懲戒の経歴③情報の取り扱いに関する経歴④薬物乱用⑤精神疾患⑥飲酒の節度⑦借金などの経済状況、を調べるものとなっています。①については、配偶者・父母・子・兄弟姉妹・配偶者の父母も調査対象とされます。秘密保護法第12条と、瓜二つです。
 重要経済基盤情報とは、安全保障に支障を与える恐れのあるもの、および国や国民の安全を著しく害するものですが、私はそれに含めて経済分野にまでテロ行為を拡張したものと考えています。

機微な情報とは何か

 政府が所有する機微な情報は、行政機関の長が指定するとしていますが、指定の基準・範囲、削除規定および妥当か否かを検証する機関はまったく設けられていません。
 日本版のセキュリティ・クリアランス(以下、SC)法というのは特定秘密保護法ですが、当時の法案審議でも政府に不都合な情報を指定する危険があると指摘されていました。この重要経済安保情報も同じです。
 ただし、特定秘密保護法では「安全保障に重大な支障を与える」としてトップシークレット、シークレットとしていますが、重要経済安保情報は「安全保障に支障を与える」ということで「重大な」が落ちています。議論の中ではしきりにコンフィデンシャルだと言っており、実態としては取り扱い注意やマル秘まで対応していくことになると思います。
 経済安全保障上の重要情報の候補は、サイバー関連情報、規制制度関連情報、調査・分析・研究開発関連情報、国際協力関連情報ということで、国際協力はもう明らかに軍事研究を名指す部分です。
対象とするべき情報分野の主な問題では、機微情報の定義がないこと、サイバー関連情報にかかわる機微情報の内容が不明、また関係者の飛躍的拡大の危険性、能動的対応についての歯止めがないこと、サイバーセキュリティの柱にされているのは能動的対応ということで、こちらから攻撃をしかけていくという内容になっています。いま一つは、調査・分析・研究開発関連情報では政府の意のままに情報がコントロールされる危険性があります。
 経済安保が通る前にシンクタンクがつくられているのですが、そこが軍事機密にかかわる先端研究の情報を収集する機関になろうとしており、一手に情報がコントロールされていく可能性があります。知る権利、発表する権利が失われ、言うまでもなく学術研究分野に大きな欠陥が生じる可能性があるということです。

 SCの法制化によって、途端に監視システムといいますか、内閣情報調査室、警察、防衛省、経産省の4つ5つのエキスパートが集まって新しい局がつくられると思います。監視強化による機密漏洩事案の増加も起こりうると思います。
 SCを拒否した場合、転勤の強要、職を失う恐れは、議論の中でもずいぶん出されていましたが、そうならないように有識者に相談して運用基準を決めるという回答でした。
 SC資格の有効期間は、特定秘密保護法の場合は5年ですが、この法案では10年とずいぶん長いのです。調査内容に変更があった場合の届け出と監視ということで、10年間有効期間があって働いている人が、絶えず監視される可能性が出てくることになります。
 事業者の中には大学や研究機関も入っているので、研究者の研究発表や自由な討論、研究交流に規制がかかり、若手研究者の育成などで問題が大きくなるだろうと思います。
 研究者の研究施設がSCに耐えなければ、SC環境にある研究機関に移籍もありうると有識者会議の中では平然と語られています。
立憲民主党は、監視機関、異議申し立て機関が欠落していると指摘していましたが、監視機関として両院の情報監視審査委員会のようなものをつくるとの修正と付帯決議で手を打ちました。
 私は、SCを介して、軍事産業部門への研究者、技術者の囲い込みが進行すると思います。産学連携での秘密保持内容での契約は、企業と研究者、大学、研究機関とが自主的、自立的に取り結ぶものですが、SCの場合は、国家権力が監視をしたり、注文をつけたりと、結構大きな問題が生じてくるだろうと思います。もう一つ注意しなければいけないのは、研究者の情報開示、とくに競争的研究資金の申請時の確認で、国家による個人情報の集約です。私は、これは研究インテグリティ(健全性)に名を借りた研究者・大学・研究機関の情報管理・統制の危険ということを考えています。

 経済安全保障推進法は、これまで経済施策の問題として描かれることが多かったわけですが、これにとどまらない経済の国家統制、先進技術、デュアルユース技術と称する防衛装備、兵器開発と、アカデミアの軍事動員というのに大きなポイントがあると思います。
 経済安保の枠組みと主な問題点ということでは、戦略的自律性という柱で、サプライチェーンの多元化・強靭化、それから基幹インフラの供給・確保がうたわれています。ちょうどウクライナ問題などでサプライチェーンや基幹インフラが危ないということに乗じていろいろなことが始まっているわけです。もう一つは、戦略的不可欠性ということで、技術基盤、それから特許の非公開ということがうたわれています。わかりやすく言うと、経済統制でレアアース・半導体など特定物質の管理統制が行われます。基幹インフラ、電気・ガス事業など14業種ですが、今回経済安全保障推進法が改定されて、港湾運送がプラスされて今年は15業種になると思います。さらに、戦略的不可欠性ということで、先端技術の研究開発、機微技術の研究開発ということと、特許非公開、秘密特許法ということで軍事動員がかけられていくだろうと思います。

 岸田文雄首相がアメリカのバイデン大統領と4月10日に会談して日米共同声明を発表しました。声明の中では、日米軍事同盟のシームレス化ということと、国際共同兵器研究開発の推進ということが非常に具体的に述べられました。有識者会議の中では、「軍事ばかりに注目するような言い方はしないでほしい、これは経済政策だ」としきりに言っていたのに完全に馬脚を現しました。
 実は、シームレス化、国際共同研究開発を進めていくうえではかなり詳細な機密情報をお互いに保持しなければいけないということがあったわけです。実際に、これまではいろいろな形でやってきたわけですが、もう政府が隠しきれなくなったという状況だと思います。「安保3文書」の中にはしっかりとSCが位置づけられています。内閣審議会の中では、このことも隠した形で議論が行われていましたが、「安保3文書」の位置づけで進んでいるということを私たちは見ておかなければなりません。