「東アジアの平和秩序と日本共産党の『日中提言』」

笠井亮日本共産党衆議院議員・常任世話人

直近の世界の動き

 7月20日に国連のグテレス事務総長が「平和への新たな課題」という提言を行い、「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が、様々な問題への対処をより困難にしている」ことを指摘しながら、核兵器廃絶や、対話を通じて紛争を未然に防ぐ予防外交が重要だとしています。
 7月14日にはASEANの地域フォーラム(ARF)や東アジア首脳会議(EAS)が開催され、議長国インドネシアのルトノ外相が、核保有国に東南アジア非核地帯条約・議定書への署名をよびかけました。インド太平洋地域が「新たな戦場になってはならない。協力の規範を他地域に示す平和の貢献者」にとよびかけ、EAS全参加国が加入する東南アジア友好協力条約(TAC)の意義を示し、ASEANインド太平洋構想(AOIP)の実践が非常に重要だと訴えています。これは非常に注目される直近の動きです。
 他方、7月11日のNATO首脳会議「宣言」は、「核兵器が唯一無二の存在」「戦略核戦力は安全保障の最高の保証」「核兵器が存在する限り、NATOは核同盟であり続ける」と明記し、核兵器禁止条約には「同盟の核政策と対立する」と露骨な敵対姿勢を示しました。昨年、マドリードのNATO首脳会議に日本の首相として初めて出席し、国家安全保障戦略を策定して軍事費を倍加すると公言した岸田首相が、今年の首脳会議ではインド太平洋地域でのNATOとの軍事連携強化を公然と表明するに至ったのです。バイデン米大統領は、こうした首相の参加に異例の讃辞を送りました。日本が加盟もしていないNATOへの異常な接近は、米国いいなりの質的な深化を示すものといえるのではないでしょうか。

「日中提言」を発表

 日本共産党は3月30日に「日中両国関係の前向きの打開のために」という提言を発表しました。
 この「提言」は、日中間の3つの「共通の土台」に着目してそれを生かそうと提起したものです。「共通の土台」の1つは、2008年に福田・胡錦濤の首脳会談での日中共同声明で、「双方は互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならない」という合意です。2つめに、2010年の日中合意です。谷内・楊潔??両当事者間で、尖閣諸島問題について徹夜に近い形でまとめた「対話と協議」を通じて問題を解決していくという確認です。3つめは、ASEANが提唱するAOIP。東アジア首脳会議(EAS)を平和の枠組みとして発展させ、東アジア規模の友好協力条約を展望する構想に、日中両国政府がそれぞれ賛意を表明していること。これらを土台に力を合わせて協力の方向に進むべきだと提案しました。
 今回の「提言」を行った理由ですが、日中両国関係は本当に長い歴史があって、経済、文化、どの分野でも深い結びつきがあり、双方にとって最も重要な二国間関係の一つ。ところが現在、様々な紛争、緊張、対立があり、それをエスカレートさせて、万が一にも戦争になることは絶対に避けなければいけない。「軍事対軍事」の悪循環は一番危険で、現状打開の道は道理に立った外交しかないからです。この一心で「提言」をまとめました。
外務省とのやりとり
 「提言」をまとめるにあたって、日本の外務省とやり取りも行いました。
 昨年11月に3年ぶりに行われた日中首脳会談のプレス発表で、中国側が「互いに協力パートナーとなり、互いに脅威とならない」という認識を含む5項目の共通認識に達したと報じました。ところが日本側の発表の中では、そのフレーズには言及がなかったのです。これは本当に確認したのかと外務省とやり取りしましたら、それは確認しているとのことです。
 1972年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約、98年の日中共同宣言、2008年の日中共同声明について、双方が今日もその立場を継承している。そこは変わらない。その上で日中関係の現状と今後の展望については、日中双方とも、建設的かつ安定的な関係をすることでは一致していると外務省は言うのです。両国関係は、最悪の時期と比べたら、首脳外交を行って、言いたいことを言える関係になっているとのことでした。

日中両国の「提言」の評価

 3月30日の志位委員長との党首会談で岸田首相は、「『互いに脅威とならない』との合意は大事な原則であり、日本政府としても維持しています」と明言。「AOIPは日本政府としても支持しています。大事な考え方です」とものべ、「(「提言」は)日本にとって責任ある課題であり、よく読ませていただいて、建設的で安定的な日中関係をつくるための外交に取り組んでいきたい」と応じました。
 中国の呉江浩駐日大使は、5月4日の志位委員長との会談で、「日本共産党が日中関係を重視し、日中関係の厳しさを憂慮している姿勢の表れとして高く評価します」、「『提言』の内容は全体として、中国政府の立場と共通する方向性が多い」と表明。2008年の合意など日中政府間の文書を双方が順守することに強い賛意を示し、「AOIPの基本原則や前向きの内容を踏まえ、協力を進める用意がある」として、「『提言』を今後の対日関係の参考にしていく」とのべました。
 日中双方から、「互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならない」という合意について、それぞれ順守していくと明言されたことは、とても重要です。

各界の識者からの声

 この「提言」に対する各界の識者から立場の違いを超えての評価をいただいています。しんぶん赤旗でも紹介していますが、その評価の声から抜き出してみました。
 元外務省のアジア大洋州局長の槙田邦彦さん——「日中の共通の土台に着目した日本共産党の提言は立派です。反対すべき点はありません。私の見るところ中国側が反対すべきものもありません。岸田首相もこの内容に前向きは反対できないと思います。『互いに脅威にならない』の合意は、国交正常化の原点の精神です。問題はどう実行していくかです。日本国民の対中感情はささくれ立っており、中国側の国民感情も厳しい。だからこそ政治家が、勇気をもって足を踏み出すことが必要です。党派を超えて心ある人が、日中関係の打開のため、一緒になって声を上げることが大切です」
 上智大学の中野晃一教授——「昨年末、私たち研究者、ジャーナリスト、NGO活動家ら有志は、政府の『国家安全保障戦略』に対置して、『戦争ではなく平和の準備を』『〝抑止力〟では戦争は防げない』という平和構想提言を発表しました。今回の共産党の提言は、方向性が合致しています。日中両国政府間には本来、外交努力の積み重ねがありました。それをきちんと確認することが大事です。安全保障政策や両国政府間の課題について、平和外交を通じて、多国間で解決するという非常に重要な原則が、今ないがしろにされています。今回の共産党の提言は、そのことを強く指摘したと評価しています」
 毎日新聞の客員編集委員の倉重篤郎さん——サンデー毎日にもよく記事を書かれている方ですが、「志位さんの提言は、日本の政治に最も欠けている、中国に対する外交問題を、政治が何とかしなくてはいけない、ということを思い起こさせます。様々な緊張・対立がある日中関係の打開に向けた極めて重要なきっかけをつくるのではないかと期待します。戦後78年続いている平和を失うという局面にも関わらず、いまの日本の政治・外交はバランスが悪い。アメリカ一辺倒の外交ではもはや立ち行かなくなります。アジアにもしっかり目を配りながら、戦略的に外交を展開しなくてはなりません。志位さんの提言は、自民党内の『親中派』、保守本流の人たちも賛成できるもので、日中両国政府も受け入れ可能なものです。提言の中身は、極めて抑制的で、戦略的です。防衛費倍増問題なども含まれていない。こうした提言は、本来ならば自民党の中から出てきてもいいくらいのものです。日本政府もこの提言をきちんと受け止め、日中関係の打開を進めてほしい」
 東京工業大学の中島岳志教授——「提言は本当に妥当で、『平和構築』のための大事なポイントを突いています。日米関係だけが外交ではありません。いま、『新冷戦』と称して、ウクライナ問題を契機に『アメリカ・NATO・日本・オーストラリア』VS『ロシア・中国』の軍事的対立の図式を描く人たちがいます。決してそうしてはならない。戦争のリスクが高まるばかりです。日本はアジア・近隣諸国との関係を重視して、平和構築の道を探るべきです。世界の中で日本の役割は重要です。その日本がいま進めている大軍拡と大増税の路線は、『平和構築』の道とは真逆です。野党は結束して対峙してほしい」
 経済界では、中国総代表を務めた三菱商事の武田勝利元常務執行役員——「提言を拝読しました。日中間で、話し合いの三つの土台があるとの指摘には賛同します。外交交渉の出発点を明確にするという意味で、両国の外交当局間で再確認してもらいたいと思います。長期間の外交的努力の積み重ねが必要です。一商社マンとして働いてきた人間としては、日中の軍事的対抗が強まる動きがあっても、状況を把握しながらしっかりビジネスをやることに変わりありません。しかし、現在のように軍事的緊張が高まることは決していいことではない。北東アジア全体の平和と安定を進めることは、大変大事になっていると思います。そこは政治・外交がきちんと対処してほしい。共産党の今回の提言は、日中で『互いに脅威にならない』という解決の道筋を合意しているのだから、それを双方思い出して動いてほしいというもので、的を射ていると思います」

いくつかの論点整理について

 中国批判と「提言」との関係ですが、中国の覇権主義や、香港、ウイグルなどでの人権侵害への批判的な立場は、日本共産党として、いささかも変わりませんが、今回の「提言」は、「両国政府に受け入れ可能で、かつ現状を前向きに打開するうえで、実効性のある内容にする」ことを眼目に、不一致点、批判点をあれもこれも盛り込まず、そのことについては呉大使にもはっきり表明しました。
 岸田政権に対しても、大軍拡への厳しい批判的立場は「提言」では敢えて書かず、独自の主張や立場を横に置いてでも、前向きにことが進むように論点を絞ることに心がけました。
 それから日中関係の悪化の原因についてです。バイデン米政権が中国を軍事力で封じ込める政策をとり、岸田政権が米国いいなりに、敵基地攻撃能力の保有や大軍拡で米国主導のIAMD(統合防空ミサイル防衛)という先制攻撃システムに参加し、中国の主要都市を射程内に置く長距離ミサイルを大量配備する動きが関係悪化の一原因になっています。
 同時に、中国の東シナ海、南シナ海での力を背景にした現状変更の動きが、もう一つの原因です。やはり国連憲章や紛争の平和的解決の諸原則に違反する行為は許されない。「互いに脅威とならない」というなら、双方がそうした行動を改めるべきだということです。
 なぜAOIPを押し出すか。それは国連憲章にもとづく紛争の平和的な解決をめざすとともに、この地域の全ての国を包摂するインクルーシブ、そういう平和的な枠組みとして、最も合理的で発展性があるからです。
 台湾問題の解決については、世界と地域の平和と安定に関わる問題であり、あくまで平和的解決を図るように求める。中国による武力行使にも、米国や日本が軍事的に関与することにも反対する。この立場が重要ではないでしょうか。
 そこで、日本共産党と中国共産党との今後の関係です。3年前の日本共産党第28回大会で、中国の覇権主義への厳しい批判を行い、「中国とどう向き合うか」について、1つは、中国の「脅威」を利用した軍事力増強の動きには断固反対する。2つめに、中国指導部の誤った行動を批判するが、「反中国」の排外主義を煽り立てること、過去の侵略戦争を美化する歴史修正主義には厳しく反対を貫く。3つめに、わが党の批判は、日中両国・両国民の本当の友好を願ってのものー−この三点を確認しました。今回の「提言」は、中国の問題点に厳しい批判を貫いてきた党だからこそ、まとめることができました。
 中国の政権党とは、両党関係が1998年に正常化されて、そのときに確認された関係の原則を順守して、節度をもって言うべきことは言い、問題点については公然と批判するという態度を貫きながら、「この地域の平和と安定のための緊急の課題での協力」などで努力してきましたが、これをいっそう進めていきたいと考えています。

ブリンケン国務長官の訪中

 ブリンケン米国務長官が6月18日、19日に中国を訪れ、会談した相手の中国外相が解任されて、いま話題になっています。ただブリンケン長官は、習近平主席をはじめとしてハイレベル会談を行っています。米国務長官の訪中は、2018年以来で5年ぶりです。
 習近平主席は、ブリンケン長官と35分間会談し、特定していないものの、いくつかの問題で前進があり、大変よかったと評価をしています。ブリンケン長官は、今回の訪中における「高官レベルでの直接的関与と持続的意思疎通」の重要性を強調しています。
 米中双方の相互に対する政策が何か転換したわけでもありませんが、関係悪化の悪循環を避ける意思疎通として会談が実現し、継続が確認されたことが“成果”とされています。

提言を実らせるために

 これから日本側の努力として、今回の「提言」の方向で国内世論を大いに高めていきたい。この「提言」は、日本において超党派の合意となりうる内容だと考えています。日中友好議員連盟の場でも「提言」の立場を表明し、議連幹部から、党派を超えた賛同や期待の声が寄せられています。この流れを大いに強めていくことが、とても重要だと考えています。
 この「提言」を発表した3月30日に沖縄県議会が、「沖縄を再び戦場にしないように日本政府に対し対話と外交による平和構築の積極的な取り組みを求める意見書」を採択しました。国会と政府に2項目を要請していますが、その一つが、アジア太平洋地域の緊張を強め、沖縄が再び戦場になることに繋がる南西地域へのミサイル配備など、軍事力による抑止ではなく、外交と対話による平和の構築に積極的な役割を果たすということです。
 もう一つが、日中両国において確認された諸原則を遵守し、両国間の友好関係を発展させ、平和的に問題を解決するということです。日本共産党の「提言」発表と同日、偶然の一致ですが、同じ方向での「意見書」採択は心強いばかりです。
 まさに「戦争の準備でなく平和の準備を」との立場で、今回の「提言」の方向が、国民多数の声になるように力を尽くすこと。あわせて中国との対話を続けて、この「提言」の方向が実るように可能な外交的な努力も続けていきたいと思います。