核兵器廃絶を市民社会の常識に
家族伝承者として〝ヒロシマの心〟を伝える   2024.11.15

杉浦圭子さん(広島市家族伝承者・元NHKアナウンサー)に聞く

昨年11月にNHKを退職した元アナウンサーの杉浦圭子さんは、広島市の「家族伝承者」として実父の被爆体験などを伝える活動を行っています。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞が発表されて間もない10月18日、広島市内で、家族伝承者としての思いなどについて聞きました。

――日本被団協がノーベル平和賞を受賞しました。どんな思いで受け止められましたか。
 被爆者の方々は、ご自身の心身のつらさを脇に置いて、2度と核兵器が使われてはならないという信念で体験を語り、核兵器廃絶と平和の大切さを訴えてこられました。そういう長年の努力に対するノーベル賞委員会の敬意の表れだと思うと、本当に嬉しかったです。同時に、単純に喜んでばかりはいられないと思いました。核兵器禁止条約の成立に貢献したということでICANにノーベル平和賞が授与されてからまだ数年しか経っていないのに、今また日本被団協に贈られるというのは、それだけ核兵器使用の危機が世界に迫っているから。受賞を機に、3度目の核兵器が使われないよう核廃絶の機運を盛り上げていきたいですね。

――家族伝承者になろうと思ったのは?
 私は2023年の11月末でNHKを退職しましたが、長年の取材で被爆者の方々から直接お話を伺い、貴重な教えをいただいてきました。「現役のアナウンサーをやめるから“伝える”のも終わり」というわけにはいかなかったんです。それで、広島市が2022年度から新たに家族伝承者の養成事業を始めた時、〝ヒロシマの被爆体験を子どもたちに伝える〟というのは、被爆者の方々が命を燃やして取り組まれてきた活動と同じだと感じ、即座に研修参加の申し込みをしました。
 私の父は13歳で被爆して生き地獄を体験したわけですが、平和の活動をしたり、声を上げたりしたことのない平凡な一市民です。父は、核の傘の下にいる日本の現状も容認しているので、そんな父の体験を伝承してもいいのだろうかと悩みました。ただ、私は父の体験だけでなく、これまでお世話になった被爆者の方々の思い、“ヒロシマの心”も伝えたかったので、合わせ技で伝承するあり方を模索してみたいと志願したんです。私の講話を聞いて下さる方には、広島であった事実を継承するだけでなく、今の世界を見つめる手立てにしてもらいたいと願っています。

――実際に伝承講話をされていかがでしたか。
 去年の12月に初めて伝承講話を行い、半年くらいは子どもたちより大人の方に聞いて頂くことのほうが多かったのですが、秋になって中学校へ派遣されたり、修学旅行の小学生などにお話をさせて頂いたり、という機会も増えてきました。小さいお子さんにとっては、私の講話内容は刺激的なことも多いようです。原爆の被害だけでなく、戦争中の日本の様子や加害責任にも踏み込んでお話をするからです。お孫さんと一緒に伝承講話を聞いて下さった方から翌日私に電話がありまして、「きのうはありがとうございます。実はうちの孫がきょうは知恵熱を出して学校を休んでいるんです」と、笑いながらおっしゃるんです。お孫さんは、小学3、4年生くらいの男の子でしたが、ウクライナとロシアの戦闘のニュースをテレビで見て、プーチン大統領がよその国に攻め込むのはいけないと思っていた。けれど、自分の国も過去に朝鮮半島に行って35年間も植民地支配をしていたということを私の講話で初めて知って衝撃を受けて、帰宅後に家族でいっぱい話をしたのだそうです。その晩から熱が出て、月曜日のきょうは学校を休んでいると。その方は、自分の孫がそういう豊かな感性を持っていて、自分の意見を言ったり自身を省みたりする力があることを喜んでおられるようでした。伝承者の話は、それほど子どもたちに大きな影響を与えるので、私も心して真剣に子どもたちに向き合わねばと思いました。
 ロシアとウクライナの戦闘、イスラエルとパレスチナ・アラブの戦闘では、大勢の人が犠牲になっているにも関わらず、どうやって戦いを止めたらいいのか、国際社会は機能不全に陥っています。誰がどのように悪いのかも、わからなくなりつつあります。では、かつての太平洋戦争はどうだったのかというと、アメリカ人は日本人のことを「ジャップ」と呼んで見下していました。日本人は「神国日本」と信じてアメリカ人やイギリス人を「鬼畜米英」と蔑んでいました。お互いに憎み合い、自分たちは悪い敵を倒す正義の戦いをしているんだと思い込んでいたんです。子どもたちも当然、大人や教育の影響を受けました。うちの父も軍国少年で、8月15日に敗戦を知った時には被爆の大やけどでまだ床についていたにも関わらず、神社の境内へ行って切腹してやろうかと思うほど悔しかったそうです。相手への差別や偏見が不安や不信感をあおり、その不安や不信感がまた新たな差別や偏見を生んでいく。その悪循環こそが戦争を可能にする元凶ではないでしょうか。そして一旦戦争が始まると、平気で人を殺したり、占領・支配したり、核兵器を使ったりできるのではないでしょうか。そういうことも伝承講話で話しています。

――伝承講話で伝えたい思いを聞かせてください。
 私は講話の中で、敬愛する被爆者の一人・沼田鈴子さんの人生を語らせていただいています。沼田さんは、22歳のときに広島逓信局で被爆をされて、左足首に大怪我をされました。被爆後の大混乱の中、足がどんどん腐っていって太ももから切り落とさないと命が危ないということになり、麻酔もせず鋸で切り落とす手術を受けられました。猛烈な痛みで気絶されたそうです。婚約者も戦地でなくされ、戦争と原爆で本当に酷い目に遭われたんです。沼田さんはそうした自身の体験を子どもたちに話し、平和の大切さを訴えておられました。また、海外でも証言活動をなさっていたのですが、シンガポールに行った時、現地の人に広島から持っていった折り鶴を箱ごと投げ捨てられます。アジアの人々にとって原爆は、戦争を終わらせ、日本の占領や支配を終わらせた解放の象徴だったんですね。そうと知った沼田さんは、それから“謝罪の旅”をなさいました。韓国の被爆者、日本の空爆で多くの人が亡くなった中国四川省の重慶の市民、マレーシアでは広島の歩兵第11連隊などが関わった住民殺害事件で生き残った方々などを訪ねて謝られています。更に、原爆で自分を苦しめたアメリカへも出かけて、ハワイで真珠湾攻撃についても謝られたのです。それに対して、相手の国の人々からは、「あなたも戦争の被害者ですね」という言葉が返ってきました。中にはハグしてくれる人もあったそうです。お互いの痛みを分かち合い理解し合った上で、初めて「世界の平和のために核兵器廃絶のために一緒に努力しましょう」という話になったんです。
 私がそんな沼田さんをはじめ被爆者の方々から教わったことは、「みんな、大切なひとり」というメッセージです。それは、国籍、人種、民族、宗教、性別、老若、貧富、障害のあるなしなどに関係なく、世界中のすべての人が同じように大切な存在であり、命の重みに違いはない、という意味です。その「みんな、大切なひとり」に、私は『ヒロシマの羅針盤』という名前をつけました。核兵器で殺して良い命などどこにもない、北朝鮮にも中国にもロシアにもないのだから、核兵器を持つこと自体がナンセンス、意味のないことです。そして、大切な命を奪い合う戦争ほど愚かなことはありません。核兵器廃絶と恒久平和の実現には、どんな相手でも丸ごと尊重する沼田さんのような心の広さ、寛容さが不可欠だと思います。『ヒロシマの羅針盤』の針が指し示すように、平和への道を選んで進んで行きたいです。

――「核抑止」論批判もされていますね。
 父は、「戦争をしてええことは一つもないから『ヒロシマの羅針盤』の考え方はええのう」と言っています。でも核兵器については、「北朝鮮や中国が核兵器を持っている以上、アメリカは核兵器を手放さない。核兵器がこの世に存在する限り、日本も核の傘の下にいた方が安全だ」と考えています。つまり、積極的ではないにしろ核抑止論者なんです。原爆の悲惨さを自ら体験しながらも核兵器の力に頼る、というのは、わが親ながら情けない。もっとメディアには、核抑止が矛盾だらけの安全保障であることを伝えてもらいたいです。核抑止とは、「核兵器を持つことで、国家間の戦争や核攻撃を互いに思いとどまらせる」という考え方ですね。これでは、安全のために際限のない軍拡競争を招いてしまいます。現在、世界に存在する核兵器の数は、1万2000発以上。そのうち4000発近くが作戦配備されています。もしどこかの無法者が核兵器を使用して抑止力が破られたら、我が国ではどのように国民の安全が守られるのでしょうか?私たちはその方法を知らされていませんし、「責任を持ってあなたの命を守ります」とは、誰からも聞かされていません。かつての日本の戦争を見ても、現在のウクライナやパレスチナ・ガザ地区の戦闘を見ても明らかなように、ことが起きたとき常に民間人・市民が犠牲になっています。そして一旦核兵器が使われたら、国家の枠組みどころか地球環境全体に及ぼす影響は計り知れません。人類の存続に関わる問題なんです。

――来年は被爆80年の節目の年です。杉浦さんの「80年」に寄せる思いを聞かせてください。
 今回の日本被団協のノーベル平和賞受賞を追い風にして、被爆80年には、「核兵器はいらない。核抑止力に頼るのは馬鹿げている。戦争(武力・暴力)では何も解決しない。粘り強い対話で❗️」ということを市民社会の常識にしたいです。
 伝承講話の最後の質問コーナーで、「平和のために、私のできることは何でしょうか」と問われることがよくあります。それこそ、お一人おひとりに考えて頂きたいのですが、18歳以上の大人なら誰でもできることがあります。「選挙で、決して棄権しない」こと。より良い選択をしていただくことが、平和への近道です。それから、唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器禁止条約に批准はおろか署名もしていないのは不思議です。参加するよう、みんなで政府に働きかけましょう。SDGsに沿った暮らしを心がけ、小さなことを積み重ねていくのも、大きな世界の平和につながると思います。

――NHK在職中のエピソードについてもひとこと。
 NHK広島放送局のアナウンサーだった頃、私は「広島市の平和公園を訪れた観光客の数は」と書かれたニュース原稿を読んで違和感を感じました。真剣に被爆遺品と向き合う姿と「観光客」という言葉が不釣り合いに思えたのです。ニュースの責任者に問題提起をした結果、広島放送局では原爆関連のニュースでは「観光」や「観光客」という言葉を使わず、たとえば「平和公園を訪れた人の数」とか「来訪者」など、適切な言葉に言い変えよう、ということになりました。
 メディアがよく使う「被爆者なき時代」という表現も、私は嫌いです。私の父は今92歳で、血液の癌を患い車椅子の生活をしていますが、「90過ぎまで長生きをしたのだからいつお迎えが来てもいい」とは思っていないのですね。1日でも長く生きて家族を守りたいと、輸血と抗がん剤治療を続けながら頑張ってくれています。そんな父の姿は私にとっても大きな励みになっています。だから「被爆者なき時代」と簡単に言われると、悲しくなります。せめて、「被爆者から直接体験を聞くことができない時代」とか、「いつかは被爆者がいらっしゃらない時代がやってくる」とか、文字数を使って表現して欲しい。「みんな、大切なひとり」ですから。