核兵器禁止条約とジェンダー
 性差別をなくし核兵器も戦争もない世界をつくる   2025.5.15

平野 恵美子さん 常任世話人新日本婦人の会副会長

 戦後・被爆80年、世界は人類と地球の生存が脅かされる危機に直面しています。この中で核兵器禁止条約(TPNW)に参加する国々が、核抑止力を明確に否定し、日本原爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞によって「人類と核兵器は共存できない」との被爆者の訴えがこれまで以上に共感をもって受け止められている今、核兵器に依存しない安全保障への転換をはかるチャンスです。このチャンスを生かすうえで、ジェンダーの視点をすえることの重要性について、考えてみたいと思います。

 戦後の出発点は、2度の世界大戦を経て「戦争の惨害から将来の世代を救う」とうたった国連憲章と、戦争はしないと誓った日本国憲法です。いずれも、戦争を起こさないためには人権と個人の尊厳の尊重が不可欠だとして、人権の保障と男女の同権を明記しています。
 国連は創設の翌年1946年には女性の地位委員会を設置し、平和と人権、ジェンダー平等を不可分のものとしてとりくみ、4回にわたる世界女性会議を開催、女性差別撤廃条約や子ども権利条約をはじめ人権にかかわる条約を次々つくってきました。そのなかで非政府組織(NGO)、市民社会の参加を重視し、平和で公正、持続可能な世界をめざすSDGs(持続可能な開発目標)へと発展させてきたのです。
 90年代以降、リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(性と生殖にかかわる健康/権利)は人権であり、ジェンダー平等の土台となるものであること、暴力は重大な人権侵害でありその根底には差別があることなどが共通認識となり、国連の会議での合意文書に明記されるなど、大きく前進します。背景には、被害当事者の告発がありました。
 91年、日本軍「慰安婦」だったと実名で名乗り出た韓国の金学順さんの勇気ある行動が、紛争下での他の被害女性の告発を後押しし、性暴力は重大な人権侵害であり処罰されるべきは加害者だという認識に変えていったのです。日本軍「慰安婦」の被害女性たちは、尊厳と人権の回復を求めると同時に、「同じ被害を誰にもくりかえさせてはならない、そのために戦争は絶対に起こしてはならない」と訴え続けてきました。95年の第4回世界女性会議は、「女性の権利は人権」とうたい、「女性のエンパワーメント」やあらゆる政策や法律にジェンダー格差解消の視点をすえる「ジェンダー主流化」を打ち出すととともに、暴力の根絶を重要な課題と位置付けました。

 その後、さまざまな女性団体が戦時下や紛争下での性暴力を国際法で禁止をと運動を強め、98年に採択された国際刑事裁判所(ICC)を設立するための「ローマ規定」には、戦争や紛争時のレイプ、性奴隷、強制妊娠などジェンダーにもとづく暴力を戦争犯罪、人道に反する罪と明記されました。
 そして、2000年には「女性・平和・安全保障に関する」安保理決議1325が採択されました。この決議は、女性と少女の安全と保護に加えて、女性の意思決定への参加と紛争や暴力の防止をうたった画期的な内容を持ち、その後採択された9本の関連決議と合わせてWPS(女性・平和・安全保障)アジェンダと総称され、さまざまな国連文書やTPNWにも反映され規範として発展しています。決議にもとづき、現在113カ国が国別行動計画を策定していますが、多くの場合軍隊の中の女性割合の引き上げなどが中心になっていて、武力によらない安全保障をどう構築するのかという視点が欠けています。決議1325採択の中心を担った当時の安保理議長アンワラル・チャウドリー氏はかつて、1325がめざすのは戦争を女性にとって安全にすることではなく、戦争そのものを防ぐこと、そのために女性が意思決定に参加することだと語りました。これこそ1325の核心です。
 女性が意思決定に加わることで、安全保障のあり方を変え、戦争を起こさせない。平和とジェンダー平等を一体にとりくんできた女性たちの努力が人権分野で国連を動かし、その流れを安全保障にも位置づけ、「核のタブー」をつくってきた被爆者の証言とともに人道の見地から核兵器をなくすTPNWの実現につながったといえます。TPNW採択にいたる過程でも、交渉会議の場で、日本と世界各地の条約実現を求める行動の中心には、女性たちの姿がありました。私が所属する新日本婦人の会も、全国で署名や原爆展など草の根で運動し条約をつくる一翼を担ったと確信しています。
 こうして誕生したTPNWには、核軍縮に関する条約では初めて、核兵器が女性と少女に過大な影響を与えること、女性と男性の平等な参加が持続可能な平和の達成に不可欠であるとし、核被害での救済措置でジェンダーに配慮することなど、ジェンダーの視点が条文に明記されました。第1回締約国会議でジェンダー・フォーカルポイントが任命され、第2回、第3回締約国会議ではその活動報告と、政府代表やNGOの発言のセッションが設けられ議論を深めています。

 90年代以降の人権やジェンダー平等の発展は、多様な性や家族のあり方を認めない右派からのバックラッシュ(揺り戻し)とのたたかいでもありました。
国連のグテレス事務総長は今年3月の国連女性の地位委員会(CSW69)の会合で、「家父長制の毒がすさまじい勢いで戻ってきた」「世界中でミソジニー(女性蔑視、差別)の推進者が力を増している」と強い口調で批判しました。背景には「性別は男と女のみ」と公言し多様性を完全に否定し、国際協力や援助を切り捨てるアメリカのトランプ大統領の登場があります。CSW69最終日、アメリカの代表が発言し、“ジェンダー”や気候イデオロギーに貫かれたSDGsは今後認めないと述べました。多国間主義を壊し、露骨な人種差別、異論排除の政策を強行するトランプ政権に対して、今、全米で「(トランプは)手を出すな」と女性、市民の行動が広がっていることは希望です。

 日本はジェンダー平等で世界第118位(2024年)と遅れが深刻ですが、その責任は政治にあります。歴代自民党政府による財界戦略に沿った非正規や民営化、社会保障制度の改悪が、女性の自立を阻み、女性の貧困を深刻にしています。また、戦争を肯定し特定の家族観を押し付ける右派やカルト勢力とともに選択的夫婦別姓や同性婚などジェンダー平等政策を妨害してきました。そして今、石破政権はアメリカと一体になってあらゆる分野で軍事を優先させ戦争国家へと暴走しています。核兵器禁止条約への参加も、ジェンダー平等も、自民党政治を変えない限り実現できません。
日本の女性たちは、戦争加害と原爆被害の歴史に立ち、平和憲法をかかげ核兵器廃絶を共通の目的として、「平和なくして平等なし」と運動してきました。今、おかしいことはおかしいと言い生きづらい社会を変えようという動きが広がり、選択的夫婦別姓や生理用品の問題で声を上げる女性たちを黙らせようとするミソジニーの攻撃、差別的な言動を許さない市民の共同も発展しています。〝変えたい〟と願うすべての人に軍事ではなく暮らしや人権を優先する政治を、核兵器禁止条約に参加し、ジェンダー平等を進める政治をともにつくろうと呼びかけていくときです。