最近の改憲論の動向、とくに任期延長改憲論について

24.4.15 小沢 隆一 東京慈恵会医科大学教授・会常任世話人


 現在、衆議院、参議院とも改憲派が3分の2を超えており、従来から改憲論を主張してきた自民党、公明党に加えて、日本維新の会が、改憲の推進を激しく主張し、さながら改憲「突撃隊」のような役割を果たしている。また国民民主党も、当初は「立憲野党」の中に留まっていたものの、2021年の総選挙以降は、与党の自民、公明や日本維新の会に接近し、今ではそれらの改憲論に完全に同調している。
 2022年の憲法審査会での主要なテーマは、オンラインでの国会審議と憲法56条が定める「総議員の3分の1以上の出席」という定足数との関係であった。事柄は、「国権の最高機関」であり「唯一の立法機関」である国会を構成する衆参両院の審議の民主的正当性に関わるものだけに、慎重かつ具体的な議事手続きに即した検討が必要であるにもかかわらず、短い審議のあとの3月3日に、「憲法解釈によって例外的な実現が可能だ」という意見が多数を占めたという報告書の採決が強行された。この報告書に対しては、当時の細田博之衆院議長は、「今後は議院運営委員会で、法規上の問題点や制度設計、必要となる環境整備などについて検討したい」と応じた。改憲派は、この問題を「糸口」にして改憲論議を盛り上げようという目論見だったのだろうが、実際に論じてみると、「明文改憲」には結びつかない「憲法解釈」で対応可能との結論となり、改憲派としては、「腰砕け」のような格好となった。 そこで、2023年に「今度こそ明文改憲につながるものを」という思惑で押し出されてきたのが、緊急事態時で国政選挙が困難な際の国会議員の任期延長(以下、「任期延長論」と略称)である。2022年、23年と通してみれば、改憲派は、9条改憲を正面から提起することを「逡巡」しているようにうかがえる。9条改憲を真っ先に提起すると、国民の反発や野党からの批判を招くという「懸念」があるのだろう。自民党などはすでに提示している9条に自衛隊を明記する改憲論について議論し他党の合意を取り付けたい思いを隠していないが、ともかくも改憲諸党派がまず足並みをそろえられそうな「任期延長論」に白羽の矢が立てられたようである。

 「任期延長」論の主な論拠は次のようなものである。
 ①(衆議院解散時には参議院の緊急集会の制度があるとの議論に対して)参議院の緊急集会の制度は一時的・限定的・暫定的制度である。
 ②国会は二院制が原則。その例外である参議院の緊急集会では、国政選挙が実施困難になるような緊急事態には対応できない。
③緊急事態に二院制国会を機能させるためには議員任期延長が必要である。
 これらは、一見もっともらしく聞こえるが、少し落ち着いて検討してみると、実は奇妙な議論であることがわかる。
 「国政選挙が実施困難になるような緊急事態」と言うが、大地震や巨大津波などによる大規模な自然災害の場合、日本全国で一斉に選挙の実施が困難になるようなことは、なかなか想定しづらい。想像をたくましくしても、恐竜を絶滅させた巨大隕石の衝突しか思いつかない。2011年の「3・11」の際、岩手、宮城、福島と茨城の地方自治体では、同年4月の統一地方選挙で予定されていた首長や議会の選挙が一部延期された(選挙期日に関する臨時特例法で対処)。あれほどの巨大な災害でも、日本全国で予定されている選挙が一斉に中止、延期されることはなかったのである。今後起こりうる首都直下地震やより大規模な南海トラフ地震でも、同じようなことが想定されるし、またそのように対処すべきである。災害が選挙の実施に支障とならない地域では、予定通り選挙を実施し、選挙実施困難となった地域におけるその後の選挙の実施(公選法57条1項の「繰り延べ投票」の制度を利用することになろう)の支援の体制を整える必要がある。選挙「全体」を先送りすると、そのような支援体制をとれなくなる可能性があるから、かえって選挙の速やかな実施には不都合である。
 感染症のまん延の場合でも、新型コロナウイルスの例からもわかるように、感染防止策をしっかりとれば、支障なく選挙を実施できることを、私たちは経験済みである。投票は、買い物や旅行などの外出よりもはるかに人との接触が少なく、短時間で済む。外出制限措置を取って選挙全体を延期するのは、感染症対策としては的外れというほかない。 このように、大切な主権者としての意思表示の機会である選挙権の行使を、自然災害や感染症などの理由で先送りすることに正当性はない。

 以上のように、「任期延長論」は、現実性に乏しく、その有効性も疑わしいものだが、そこには、「戦時」を憲法に招き入れるという危険な思惑が潜んでいる。
 諸外国の憲法を見渡すと、なかには、非常事態に際に、議会の議員の任期延長や、議会の閉会禁止、解散禁止などを盛り込んだ憲法が見られる。ただし、これらは、軍事的有事、すなわち戦時を想定した規定がほとんどである。議院の任期延長は、「戦時議会」の標準装備なのである。
 2023年の臨時国会における衆議院の憲法審査会(11月16日)では、10月に予定されていたウクライナの国会議員の選挙が延期されたことを、あたかも改憲を正当化する外国憲法の例として、自民党の中谷元議員や公明党の北側一雄議員が紹介している。たしかに、ウクライナ憲法では、戒厳令が発令されている最中は議会の選挙は延期され、戒厳終了後に行われる選挙まで議会とその議員の任期が延長されると明記されている。それは、ロシアの侵略によってウクライナが事実上の戦争状態になり、戒厳令が敷かれているから生じていることである。こうした事例を持ち出すということは、日本でも戦争を想定した規定を憲法に導入することを意味する。「任期延長論」の本質が、ここにはしなくも露呈しているといえよう。
 自然災害や感染症のまん延の場合は、憲法の緊急事態条項よりも、それぞれの対処法制によることの方が効果的であり実際的である。自然災害については、災害対策基本法、災害救助法、大規模震災対策特別措置法などがあり、感染症のまん延については、感染症法、新型インフルエンザ等対策特別措置法などで対処することとしており、憲法に一般的、抽象的な緊急事態条項を設ける必要性はない。現行法による措置で足りなければ、法律の改正で対処すればよい。
 「任期延長論」のねらいは、「武力攻撃」すなわち「戦時」を想定した規定を憲法に導入することそれ自体にあり、自然災害や感染症などへの対処の充実ではなさそうである。

 日本維新の会が2022年の参院選に先立つ5月に策定した改憲案では、緊急事態時の内閣の政令制定権と緊急財政処分権限が明示されている。緊急財政処分とは、緊急時において国会の予算議決によらずに内閣が財政運営を行うことで、明治憲法の70条が規定していた。この権限は、自民党が日本国憲法の全面的な改定を企てた2012年4月の「日本国憲法改正草案」にも明示されていた。
 こうした緊急事態時の内閣の政令制定権と緊急財政処分権限について、2023年6月19日に日本維新の会、国民民主党、有志の会の「3党・会派」の間で合意された見解では、「論点を整理し、条文案の作成に向けて、引き続き、検討を進める」とされている。自民党と「3党・会派」は、この問題で足並みをそろえつつあり、残るは公明党の合意を取るだけである。
 こうした内閣の政令制定権と緊急財政処分権限まで盛り込まれると、「任期延長論」が謳っている「緊急事態においてこそ、国会機能(立法機能、行政監視機能など)の確保が重要」との説明と明らかに矛盾する。しかし、緊急事態条項の本来の意義からすれば、それは必然的な帰結と言える。
 国会議員の任期延長を導くだけでなく、緊急事態一般に対処するための緊急事態条項を導入し、内閣に緊急事態権限として政令制定権、予算議決なき緊急財政処分権を付与する改憲案は、結局のところ、軍事的有事を想定することから生まれてくるものであり、9条改憲とワンセットの企みである。