能登半島地震と志賀原発の状況

24.3.15 児玉 一八「核・エネルギー問題情報センター」理事


 2024年1月1日16時10分頃に石川県珠洲市付近を震央とする、マグニチュード(M)7・6の「令和6年能登半島地震」が発生した。この地震により、同県輪島市と志賀町で最大震度7、能登地方で震度6弱以上、日本列島の広い範囲で揺れが観測された。震源断層は北東~南西に延びる150㌔㍍程度の主として南東傾斜の逆断層と推定され、断層すべりは震源から北東と南西の両側に進行したと考えられている。  能登半島北部の海岸では、能登半島地震による隆起が広い範囲で観測された。輪島市門前町鹿(か)磯(いそ)周辺で、防潮堤壁面に固着したカキやカンザシゴカイ類などの生物が離水した様子を観察したところ、約4㍍の隆起が見られた。

①自動車による大量の人々の避難は不可能
 日本の原子力防災対策は福島第一原発事故後、対策地域の範囲が半径10㌔㍍から30㌔㍍に変更され、5㌔㍍以内は「放射性物質の環境への放出前に直ちに避難」、5~30㌔㍍圏は「空間放射線量率を実測し、測定値に基づいて避難、屋内退避」することになった。志賀原発から30㌔㍍以内には約17万人が住んでいる。
 筆者は、石川県原子力防災計画に記載されている避難道路のすべてを車で走ってきて、その脆弱性を実際に見てきた。避難道路は山地を通っているところや、すれ違いができない狭いところが少なくない。ちなみに2007年3月の能登半島地震(M6・9)では、能登半島の道路の多くが甚大な被害を受けた。
 こうしたことを踏まえて筆者は、大地震と原発事故が同時に起こったら避難はきわめて困難であり、大量の人々が自動車で避難する現在の原子力防災計画は非現実的であると指摘した。今回の地震で、これが不幸にも実証されてしまった。
 道路の被害は、石川県管理道路の通行止めが41路線93か所(1月4日15時現在)、高速道路の通行止めも能越自動車道で発生した。現在の原子力防災計画は「絵に描いた餅」であった。
 志賀町の稲岡健太郎町長は地元紙に、「海にも空にも逃げられない」「首長として以前のように安全性をアピールすることは難しい」と語った(北陸中日新聞、2月3日)。

②家屋の倒壊・損傷で屋内退避も困難に
 福島第一原発事故後の震災関連死の多さと避難に伴う健康状態の悪化は、避難すること自体に大きなリスクがあることを示した。その象徴といえるのが、避難によって50人もの方々が亡くなった「双葉病院の悲劇」である。
 原発事故が起こったら、状況にかかわらずただちに避難するというのは、合理的な判断ではない。推定される放射線被曝の被害のリスクが放射線を避けることによる被害のリスク(=避難のリスク)を明らかに上回ると判断された場合に、避難が合理性を持つようになる。避難しないで建物などに屋内退避した場合でも、さまざまな対策を行うことで被曝線量は確実に減らすことができる。
 ところが能登半島地震では、多くの建物が全壊・半壊するなど、深刻な家屋の被害が発生した。屋内退避の前提にある、「建物は健全である」ということが失われてしまったのである。

③モニタリングポストの欠測
 福島第一原発事故後に改訂された原子力防災対策は、固定型と可搬型モニタリングポストで空間線量率を測定し、その結果で防護措置の判断を行うとしている。  能登半島地震後、約120ヵ所に設置されている固定型モニタリングポストのうち、最大で18か所が欠測となった。原因は通信トラブルである。地震の発生後、各地で道路が通行不能になり、可搬型モニタリングポストの設置もできなくなった。このように、緊急時における避難や一時移転等の防護措置の判断の前提となる、空間放射線量率の測定ができなくなったのである。

 北陸電力は志賀原発2号機の新規制基準審査の申請にあたって、能登半島北部沿岸の約96㌔㍍の断層が連動して活動すると想定していた。ところが今回の地震では、150㌔㍍程度の断層が活動したと考えられている。北電の想定は間違っていた。
 1月10日の原子力規制委員会定例会で、石渡明委員は「専門家の研究をフォローし、審査に生かす必要がある」と述べた。会議後に山中伸介委員長が、志賀2号機の審査の見通しについて、「新知見かどうかを確定させるまでに年単位の時間がかかる。審査はそれ以上かかると思う」と語った。
 志賀原発の北約9㌔㍍にある富来川南岸断層が活断層か否かは、原発の耐震安全性にとって重大な問題である。能登半島中部の西岸で海岸線にそって分布する海成中位段丘の研究から、変動地形学者などが同断層は活断層であると報告した。石川の住民運動も科学者と共同調査を行い、活断層であると述べた。これに対して北陸電力は、活断層ではないと主張してきた。
 能登半島地震後、日本地理学会断層調査グループの鈴木康弘と渡辺満久は現地調査を行い、富来川南岸断層に沿う地表地震断層を発見した。富来川南岸断層は活断層だったのである。

 志賀原発の敷地岩盤で観測した地震動の加速度が、1、2号機ともに0・4~0・5秒の周期で設計時の想定を超えていた。兵庫県南部地震を契機に、原発の耐震設計基準に重大な問題があることが指摘されたが、能登半島地震でもこれが現実のものとなった。
 志賀原発では、変圧器からの絶縁油漏れ・外部電源の喪失・非常用ディーゼル発電機の停止・津波の到達をめぐる情報の混乱、といった問題も起こっている。
 志賀原発の外部電源は5回線あるが、1号機と2号機の変圧器の故障、中能登変電所でのガス絶縁閉塞装置の絶縁用碍管の破損・鉄塔の碍子の欠損などで、2回線が失われた。すべて復旧するまで、今年6月までかかる予定である。
 2号機主変圧器から絶縁油漏れについて北電は当初、漏れた量を約3500㍑と発表したが、後に約1万9800㍑に変更した。津波到達も当初、「水位計に有意な変動は見られなかった」と説明したが、「発電所データを確認したところ、2号取水槽内の海水面が通常より約3㍍上昇していたことを確認した」と変更した。
 北電は他にも訂正を重ねたため、経済産業省は正確な情報発信をするよう指示し、規制委の山中委員長も「緊急時の情報発信は福島第一原発事故の大きな教訓。不十分なところがあった」と北電に苦言を呈した。  志賀1号機では1月16日、非常用ディーゼル発電機が試運転中に自動停止した。北電は「運転員の操作にミスはなく、まれな事象が重なった」との認識を示したが、規制委の山中委員長は「人為的ミス」とこれを否定し、「(北電が)非常用発電機が置かれた電気回路をしっかり検討すれば防げた」と釘を刺した。

 能登半島地震が明らかにしたことのうち、現在の原子力防災対策が「絵に描いた餅」だったのが最重要と思われる。この対策が実効性を持つには、次の3か条を満たす必要がある。
 ①原発事故の状況を電力会社が包み隠さず知らせ、それを信じてもらえるような信頼を、日ごろから電力会社が住民から得ている。
 ②実効性のある原子力防災計画があり、住民がその内容を熟知して、さまざまなケースを想定した訓練がくりかえし行われている。
 ③放射性物質の放出量・気象状況などを踏まえて、リスクをできるだけ小さくするためにどう行動すればいいか、住民が的確に判断する準備ができている。
 この3か条の実現は、いずれも容易ではない。国と電力会社は自らの責任で実現させる覚悟がないのなら、原発利用から速やかに撤退すべきである。