大事故からの教訓を学ばない原発再稼働計画

23.11.15 舘野 淳(元日本原子力研究所勤務・元中央大学教授)

 

  岸田内閣は本年2月、新エネルギー政策「GX(グリーン・トランスフォーメション)に向けた基本方針」を公表したが、その中でカーボン・ニュートラルの目的達成のために、「供給サイドにおいては、足元の危機を乗り切るためにも再生可能エネルギー、原子力など、エネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を、最大限活用する」と述べて、急速な既存原発の再稼働を進めている。しかし筆者は、福島事故の悲惨な教訓を学ぶなら、また高レベル廃棄物の処分の具体化が見通せない現状を考慮するなら、現在の原子力技術を前提とした、老朽化(高経年化)原発を含む全面的原発再稼働はエネルギーの安定供給に役立つどころか、文字通り「悔いを千載に残す」可能性があると考える。
 現在の稼働状況は次の通りである。大飯3号、大飯4号、美浜3号、高浜1号、高浜2号、高浜3号、高浜4号、玄海3号、玄海4号、川内1号、川内2号、伊方3号の12基の原発がすでに再稼働を果たしており、さらに柏崎刈羽6号、柏崎刈羽7号、島根2号、女川2号、東海第二の5基が規制委員会から再稼働の認可を受け、再稼働する予定になっている。
 さらにこれら再稼働原発のうち美浜3号(運転開始以来46年)、高浜1号(同48年)高浜2号(同47年)、東海第二(同44年)の4基は運転延長の認可を受けており、また高浜3号(同38年)、高浜4号(同38年)、川内1号(同39年)、川内2号(同37年)の4基は運転延長認可申請を行っている。

原子力はエネルギー安定供給の柱になりえない

 政府が現在進めている原発再稼働は、2つの問題を抱えている。一つは、上記「足元の危機を乗り切るためにも」の言葉がはしなくも示すように、きちんとした安全性をはじめとした、原子力の本質を見極める議論を行わないまま、原子力の復活がなされようとしていること、今一つは、老朽化原発の使用期間の延長がこれも十分な科学的検証がなされないまま実施されようとしていることである。
 原子力とはどのようなエネルギーか、メリット・デメリットから見てみよう。
 原子力のメリットは、①自然界を含む炭素循環から独立したエネルギー源であること、②日本の原子力開発の中でこれまでに蓄積したリソース(技術者、技術、施設)を活用できる2点だろう。政府が原子力を手放せないのも、また膨大な施設を抱えた電力会社が、再稼働をめざすのも、このためである。
 筆者は、このようなメリットに対して原子力技術は次のような大きなデメリットを抱えていると考える。第一に、現在使われている原発(軽水炉)そのものが、いったん重大な事故(シビアアクシデント)が発生すれば、あふれかえる熱の処理を制御できず、放射能の放出、水素爆発、炉心熔融に至るという欠陥設計の問題を抱えていること、第二に、エネルギーを取り出した後の始末、つまり高レベル廃棄物の処分方法が確立していないこと、第三に、シビアアクシデント発生の際には広範な地域に放射能災害が広がるが、人口超密であるわが国では、避難が実質的に不可能であること、それにあえて付け加えるならば、第四に、通常兵器による原発攻撃に対してきわめて脆弱であることがあげられる。こうした問題が完全にクリアされたと言えない限り、政府は原発をエネルギー生産の柱であるなどとは言えないはずである。
 化石燃料との経済競争を勝ち抜くために、原発(軽水炉、特に福島事故を起こしたタイプである沸騰水型炉(BWR))は極端に切り詰めた設計になっている。福島事故が、発生する熱を処理できずに炉心溶融に至ったことからもわかるように、いったん冷却系統に問題が起きると、あふれかえる熱を受け止める「入れ物」が存在しない。おそらく今後軽水炉で起きる大事故はすべて熱の処理に失敗する過程がかかわると思われる。規制委員会もそのことは重々承知しておりBWRについてはあまり頼りにならない補助的な「循環冷却系」を付加することを条件に、適合性審査をパスさせた。また温度上昇によって生じる高圧に対処するために、ベント(格納容器中のガスを環境に放出すること)装置の整備も条件とした。ベントには一応放射能放出を防止するためのフィルターが付いているが、間に合わないときのため、事故で格納容器内に発生した放射性物質をそのまま環境に放出する耐圧強化ベントの配管も残してある。適合性審査によって義務付けられた条件では、軽水炉の本質的欠陥はほとんど改善されていない(詳細は、例えば山崎正勝、舘野淳、鈴木達治郎編『証言と検証―福島事故後の原子力』あけび書房所載の論文など参照)。
 第二の高レベル廃棄物処分の具体的方法もまだまったく決まっていない。ちなみに最近、元日本地質学会会長を含む地質学者など300人が「(地殻変動の激しい)日本には処分の適地はない」という声明を出している(朝日新聞デジタル10月30日)。

老朽化原発の延長利用で新しいタイプのシビアアクシデント
 
 原発の老朽化による問題としては、原子炉圧力容器の鋼材に中性子が当たることによりもろくなって、そこに熱などの衝撃力が加わるとまるでガラス瓶のように割れてしまう(中性子照射による圧力容器の脆性破壊)という指摘が古くから金属材料の研究者によってなされている。もろくなりやすさは、低温側にあるもろい領域の限界温度(脆性遷移温度)がどんどん高温側に上昇することによって示される。今回大量に再稼働が決まったPWR(加圧水型炉)は構造上圧力容器に照射される中性子の量が多いため、また40年近く中性子の照射にさらされているため、脆性遷移温度が大幅に上昇しており、圧力容器の大破損を起こし、炉心溶融に至るという、新しいタイプのシビアアクシデントを引き起こすリスクが極めて高い。
 岸田内閣は先に述べた政府方針の中で、「原子力の利用に当たっては、事故への反省と教訓を一時も忘れず、安全神話に陥ることなく安全性を最優先とすることが大前提」と述べているが、科学的な指摘に耳を貸さず、また国民的合意形成をはからないままの独断的再稼働推進では、「安全性最優先」の言葉は、むなしく響く。そのあとに、第二、第三の福島事故が発生しないことを祈るばかりである。